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愛の大そうじ

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愛の大そうじ   玉生洋一

「ねぇ、あたしのこと好き?」
 とびきり可愛い彼女にそう聞かれて「キライ」と答える男はいない。
 僕も一応男なのでこう答えた。「ああ、好きだよ」
「じゃあ、ずっと一緒にいてね。あたし以外の女の人のところに行っちゃイヤよ!」
「ああ。もちろんだとも」普通ならばそう答えるところだが、僕は違った。
「いいや、行く!」
「ええっ……」
「……ただし、君より素敵な人がいたらの話さ。でも、そんなのいるわけないだろう?」
 やさしくそう言うと、僕は彼女にそっとキスをした。彼女は潤んだ目で僕に微笑み返す。
 一緒に暮らし始めてから3年目の冬。僕たちは幸せだった。

 だが、その幸せは何の前触れもなく崩れ去った。
 いたのだ。彼女をより素敵にした女性が。
 街角で出会ったその女性は、今の彼女の魅力を全て持ちあわせ、尚かつそれ以上の輝きを全身から放っていた。
 一回り大きい瞳に、少しばかりボリュームアップしたバスト。それらはすべて、僕が今の彼女に対して「こうだったらもっといいのにな」と感じていたことだった。
 唯一僕の好みにあわなかったのは、髪型がショートカットだったことくらい。だが、髪は自然に伸びるものだ。
 当然のなりゆきで、僕はその女性に乗り換えることにした。
 行動力こそわが命。僕は即座に女性に声をかけると、一晩のうちに口説き落とし、一緒に暮らす約束をとりつけた。

「そんなわけで、悪いけど出ていってくれないか」
 僕がそう告げると、『元』彼女は泣きながらすがりついて来た。
 だが、僕はその手を冷たく振り払った。彼女に何を言われても頑としてはねつける。あくまでも表情を変えない僕の顔を見て、彼女は泣く泣く荷物をまとめ始めた。
(案外素直だったな)
 僕が少し罪の意識を感じながら彼女を玄関まで見送ると、彼女はかすれた声でポツリと呟いてから立ち去った。
「新しい人となんかうまくいきっこないわ。私とあなたの3年間は、そんなに簡単に精算できっこないもの……!」

 フン! 捨てられた女の捨て台詞か。
 僕には未練などない。きっとあの子とうまくやってみせるさ。
 彼女の言葉を鼻で笑い飛ばした僕は、早速部屋の大掃除を始めた。これからここで、新しい女と生活を共にするのだ。古い女の痕跡が残っていては失礼というものだろう。
 歯ブラシ、タオル、お揃いのカップにアクセサリー。僕は『元』彼女が置いていったものを全てゴミ袋に詰めると、迷うことなく捨て去った。
 カーペットに丹念に掃除機をかけ、床がすり切れるほどピカピカに磨く。
 これで完璧だ。すっかり彼女の匂いが消えた部屋を眺めて満足していると、呼び鈴が鳴った。新しい彼女がやってきたのだ。

「乾杯!」
 その夜、新しい生活の始まりを祝して、僕たちはワインを浴びるように呑んだ。
 夢心地とはこのことを言うのだろう。新しい彼女のふくよかな胸に顔をうずめながら、僕はいつのまにか眠り込んでしまった。
「シャワーを浴びてくるわ」そう言い残して女が部屋を出ていったのを、かすかに覚えている。だがその後、僕は深い眠りに落ちていった。
 悪夢の中で、何かを叩く物音と女の叫び声が回転しながら消えていく。目覚めた時、僕の全身は脂汗でびっしょりだった。
 二日酔いの鈍い頭痛に顔をしかめながら部屋を見渡すが、女の姿は見あたらない。
 もしかして帰ってしまったんだろうか?
 不安に思いながら僕がバスルームのドアを開けると、中からは大量のお湯が流れ出してきた。

「なんてこった……」

 中でグッタリと倒れていた女は、すでに息絶えていた。
 酔って湯船で寝てしまい、気づいた時にはもはや手遅れだったのだろう。バスルーム全体にお湯が溢れ、ドアも開かない状態だったに違いない。
 しかし、なんでこんな事に? 不思議に思った僕が排水溝に手を突っ込むと、中からはヌルヌルとした巨大な黒い固まりが現れた。
 ゴボゴボと音を立ててお湯が流れていく。

 それは、僕と彼女の3年という年月が複雑に絡み合った 髪の毛 だった。






評価

面白かった→

作者からひとこと

 イヤ〜な気分になっていただけましたか? 掃除はこまめに!
(2000/5/18)

 これ、経験を元に書きました。え? 詰まった経験ですよ。
「ドアが開かなかったのは水圧で」ということで……。
(2000/5/26)

初出

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