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世界最強への短い階段

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世界最強への短い階段   玉生洋一

「人を見かけで判断するな!」
 生まれてから何度その言葉を呟いてきたことだろう。
 トムは新学期が大嫌いだった。体の大きかったトムは、初対面の人に必ず「ケンカが強い」「スポーツ万能」などと勘違いされたからだ。しかし実際のトムは、図体がでかいだけで何をやってもからっきしダメ。
 それが分かるとクラスメイトたちは皆「なあんだ」と、トムのことを見下したような視線で見つめるのだ。トムにはそれが耐えられなかった。
 彼は声を大にして言いたかった。「おれは自分が強いだなんて一言も言ったことがない。勝手に勘違いしたのはお前らじゃないか。人を見かけだけで判断するな!」と。

 そんなトムが公園を散歩していたときのこと。噴水の周りに人垣ができていたのを不思議に思ったトムは、その中の一人にたずねた。「なんの騒ぎですか?」
「東洋のカラテの達人が来てるんだよ。なんでも世界一との呼び声が高い人らしいぜ」
 見ると、人垣の中では空手着を着込んだ屈強そうな若者がズラリと並んで、気合いの入ったかけ声と共に空手の型を披露していた。
 その中央にはひとりの小柄な老人が、お付きらしい少年を従えて悠然と立っている。
「あれが達人だとよ。なんでも熊と闘って勝ったこともあるらしいぞ」
 その老人の姿を見た瞬間、トムの頭の中で何かが弾けた。「これだ!」そう叫んだトムは人垣をかき分けて老人の前まで行くと、その足元にひれ伏した。
「お願いします。弟子にして下さい!」
 カラテを習って強くなれば、クラスの皆に馬鹿にされることもなくなる……そう考えたのである。
 老人は少し面食らった様子だったが、横にいた少年と顔を見あわせると静かな声で言った。
「この近くに道場がある。ついてきなさい」

 その道場はメインストリートに面した細長いビルの中にあった。
 入口を開けると、中からは汗臭い熱気が漂ってきた。1階の広間では大勢の若者が練習していたが、老人たちが中に入ると皆練習の手を休めて「押忍!」と叫んだ。
 トムがそのカリスマ性に圧倒されていると、老人が言った。
「何をしている? 早速ワシが稽古をつけてやろう。2階についてきなさい」
 慌ててその後を追いながら、トムの胸は高鳴っていた。まさかいきなり達人に稽古をつけてもらえるとは。何をやるのだろう。カラテの型を教えてくれるのだろうか。それともスパーリング? おれはこの老人にコテンパンにやられてしまうのだろうか。
 階段を一段一段ゆっくりと上がっていく老人の小さな背中を見ながら、トムは思った。
 このヒョロヒョロの老人はどれだけ強いと言うのだろうか。どう見てもただの小柄な年寄りにしか見えない。熊を倒したというのはおそらくもう何十年も昔の話なのだろう。筋肉もそげ落ちてヨボヨボの体になった今は、すでに階段を上るのですらつらそうではないか。
 おれでも軽く勝てるんじゃないか?
 トムの頭の中をよぎったその考えは、瞬く間に膨らんでいった。
 仮に老人のテクニックが衰えていないとするならば、正面から行ったのでは負けるだろう。だが、今ここで蹴りを入れたらどうだろう? 反撃する余裕はないのではないか? そうすればおれは「世界最強の男を倒した男」となることができるのだ!
 もちろん、後ろから襲う行為は卑怯この上ない。そんなことをしたら、周りにいる多くの弟子達が黙ってはいないだろう。しかし、もしその後でボコボコにされようが、一瞬でも「世界最強」となれるのであれば、おれはそれで満足だ……。
 階段はあと数段。迷っているヒマはない。
 トムは意を決すると、力の限り右足を振り上げた。
「エイやぁぁぁぁ!!!!!!!」
 その瞬間、老人はサッと身をひるがえし、トムの右足を払うと手刀を浴びせてきた……というようなことはまったくなかった。
 トムの右足は老人の背中にまともにヒットした。「バキ」という音と共にその場に崩れ落ちた老人に対し、反撃を予測したトムはサッと身構えた。だが、老人はそのままピクリとも動かなくなってしまった。
 目の前の光景に、トムは感涙にむせびながら叫んだ。
「やった……。おれは世界最強の男を倒したんだ……!」
 だが、感動の時は長くは続かなかった。次の瞬間、トムの後頭部に衝撃が走ったのだ。
 ああ、今まさにおれは数十人の弟子達に袋叩きにあうところなのだ。でも、それでもいい。おれが世界最強の男を倒したという事実は永久に残るのだから……。
 そんなトムの耳に入ってきたのは甲高い少年の声だった。公園で老人の側にいた、あの少年である。
「何ゴチャゴチャ言ってるの? あ〜あ、うちの新弟子に悪さしてくれちゃって。ヒドいなぁ。でも、オマエってなかなか見込みがあるかもね。さぁ、特別にボクが自らケイコをつけてやろうじゃないか。ボクのケイコを受けられるなんて、滅多にないことなんだよ。ねぇねぇ、早く立ちなよ」
 トムは階段に身をうずめながら、かすれた声で呟いた。「人を見かけで判断するな……」






評価

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作者からひとこと

 実際にO山M達の道場に行った時のA.Kさんの体験談を参考にさせていただきました。感謝致します。
(2000/6/17)

初出

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