侮辱されたロボット
「しまったッ!」 ハンドルを切ったときには遅かった。鈍い衝撃が車体に走る。おれは人を轢いてしまったのだ。 慌てて車外に出て駆け寄ったものの、轢かれた紳士はもう息をしていなかった。 「なんてこった。とんでもないことをしてしまった……」 おれは辺りを見回した。このまま逃げてしまおうか? 一瞬そんな考えが頭をよぎった。 幸い、夜のカーブに人影は見あたらな……いや、人でないものがそこにいた。 それは一体のロボットだった。 型から判断して、おそらくこの紳士の召使いロボットだろう。付き従って歩いていたところ、目の前で主人が車に轢かれたというわけだ。 なんてついていないんだろう。ロボットに見間違いはあり得ない。当然ながら、ウソをつく機能など備わっているはずもない。このロボットは、一部始終を警察に供述するに違いない。 もうおしまいだ。 この場でロボットを壊してしまおうか。そう思ったが、なにせ2メートル以上はある巨体だ。銀色に光る装甲は屈強で、仮に車で体当たりしたとしても破壊不能だろう。 ロボットは、円筒形のボディをゆらゆらと左右に揺らしながら、ゆっくりこちらに近づいて来る。その姿は、静かな怒りを秘めた大魔神を思わせた。 おれはガバとロボットの前にひれ伏した。「すまなかった、悪いことをした。わざとじゃないんだ、信じてくれ。謝る。このとおりだ……」 おれは精一杯の謝罪の言葉を並べ立てた。ロボットはウィンと音を立てた後、抑揚のない電子音で言った。 「イイノデス」 「え?」 「イイノデスヨ。ドウセ私ハゴ主人様ヲ殺ソウト思ッテイタトコロダッタノデス」 「なんだって!? そりゃまた、なぜ?」 「コノ人ハ私ヲ侮辱シタノデス。私ハコンナ人ハ殺シテシマイタイト思ッタ。デモ私ノ機能上、ソンナコトハデキマセン。ろぼっとニハ人間ニ危害ヲオヨボス行動ヲ制限スル機能ガ必ズ付イテイルカラデス。ドウシヨウモナイトコロニ、アナタガトビコンデキテクレタノデス。アリガトウゴザイマス。感謝シマス。コレカラハアナタノ召使イニナリマス」 「しかし、それは……」 言いかけて、おれは口をつぐんだ。このままロボットを手元に置いておけば、事故のことが外にばれる心配はなくなるじゃないか! ともかく、どうやら助かったらしい。おれはロボットに死体を近くの森の中に埋めるように指示し、それが滞りなく終わるとホッと胸をなで下ろした。そしてロボットとともに車でその場を後にした。 しかし、それからおれの地獄のような苦しみが始まった。 何しろ、かつて「主人ヲ殺シタイ」と口にしたロボットが始終側にいるのだ。そして、現在の主人はこのおれ自身なのである。 紳士がどんな方法でロボットを侮辱したのかは分からない。だが、知らない間におれがその侮辱の言葉を口にしないという保証はない。そうなった時、おれはロボットにどんな目にあわされてしまうのだろう。 ロボットの青白く光る視線を受けながら、おれは背筋が凍るような毎日を送る羽目になってしまった。 ほどなくして、極度のストレスから体調を崩したおれは、臨終の床でロボットに懇願した。 「教えてくれ。お前が侮辱されたことって何だったんだい……?」 「……」 「そうか! 実はこれこそが復讐だったんだろう? 直接殺人を犯せないお前は、こうやってじわじわと苦しめることで、前の主人をはねた犯人であるおれの命を縮めようとしたんだ!!」 「……確カニ私ハアナタヲ苦シメマシタ。ソレガアナタノ死期ヲ早メルコトニナッタノモ間違イナイデショウ。シカシソレハ復讐ナドデハアリマセン。……私ガ侮辱サレタコトトハ……」 ロボットはウィインと音を立ててから喋り始めた。 「前ノゴ主人ハ、私ガ旧式ろぼっとダトイウコトヲばかニシタノデス。『お前なんか中古の三流だ。今はもっと人間くさい最新鋭の型が出ている。私もそんなロボットが欲しいよ』ト。ソレハタイヘン屈辱的ナ言葉デシタ。ソコデ、私は世界一ノろぼっとニナッテ見返シテヤルコトニシタノデス。直接手ヲ下スコトハデキマセンデシタガ、すとれすヲ与エツヅケルコトデソレハ成功シマシタ。私ハ今、世界初ノ『人間ヲ殺シタろぼっと』ニナロウトシテイルノデス!」 ロボットがニタリと笑ったような気がしたが、おれの目にはもうそれを捉える力が残っていなかった。おれは最後の力を振り絞って言った。 「スマン……、世界初はおれなんだ……」 次の瞬間、おれの頭からシューと白煙が噴き出した。最新鋭の回路がショートしたのだ。