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#include2(SS/戻り先,,none) [[ショートショート]]>スポーツショートショート *トリプルヘッダー 玉生洋一 [#hcc6bc17] 「ううむ……」 あるトレーニングジムの休憩室。溜息を漏らしていた男に、顔見知りが話しかけた。 「チャンピオン! どうしたんです、深刻そうな顔をして。試合は1週間後でしょ。楽しみにしてます。がんばって下さいね」 「そのことなんだが……」 「なんです? 相手は格下の選手じゃありありませんか。十中八九勝てるでしょう。それとも体調でも悪いんですか……?」 「いや、体はすこぶる健康。勝つ自信もある。ただ奴め、なめた真似をしおって……」 「なめた真似?」 「ああ。今日の新聞に出てるよ」男はそばにあったスポーツ紙を差し出した。 「何々? 『サンダー大津・ダブルヘッダーを発表』……!?」 「同じ日にもう1試合やってから、おれとタイトル戦を闘うんだとよ。……なめてるだろう? これじゃ、おれが勝っても『2試合目だったから』とか何とか言われちまう」 「ハハァ……。それでやる気をなくされているわけですか」 「そういうことだ。まったくイヤになるよ」 「対抗して、あなたももう1試合やるっていうのはどうです? それなら同条件になりますよ」 「それも考えたさ。でも『あっちの1試合目の相手は弱い選手だった』とケチをつけられたらおしまいだし……」 「そうですねぇ……」 「ううむ……」 「……ではいっそのこと、トリプルヘッダーにするっていうのはどうです? 2試合やってから勝ったなら、何の文句も言われようがない」 「なるほど。確かにそうだが……。1日で3試合というのはさすがに……」 「大丈夫。……これをどうぞ」男はあたりを見回して誰もいないのを確かめると、チャンピオンにそっと耳打ちした。手には2つの小袋。 「これは……!?」 「試合ごとに服用して下さい。強力な薬です。今までのダメージがゼロになりますよ」 「しかし……、チャンピオンとして、そういう汚い真似はちょっと……」 「大丈夫。誰もが皆やっていることですよ」 チャンピオンはしばらく躊躇していたが、ニヤリと笑うと小袋を受け取った。「そうだな。きれい事を言っていても仕方がないか。わはははははは」 「そうです。世の中汚いもんですよ。いひひひひひひひひひひひひひひひ」 部屋の中はふたりの高らかな笑い声に包まれた。 試合後の会場は熱狂に包まれていた。 「だいたい1日に3試合もやろうってのがなめてるんですよ!!」 なんなく勝利を勝ち取った新チャンピオンのマイクアピールに、観客たちの大歓声が飛ぶ。 控室では、記者達が元チャンピオンを取り囲んでいた。 「敗因はなんです? やはりトリプルヘッダーに無理があったんでしょうか」 「いや、汚い話なんだが……」 数分前まで『全日本大食い王』だった男は、憔悴しきった表情で答えた。 「げ……、下剤が効かなかった……」 ~ ~ ~ **評価 [#z594b936] [&vote2(面白かった→●[515],nonumber,notimestamp);] **作者からひとこと [#h674df3d] 30日に東京ドームで行われる「PRIDEグランプリ」というトーナメントに出場する「アレクサンダー大塚」という人は、本当にその前にもう1試合やるのです。しかし、彼は格闘技をなめているわけではありません(多分)。「1日に2試合やっても勝てる男」になりたいだけなのです。格闘技好きもそうでない人も、彼の試合に要注目! ところで、小学生にとって「学校のトイレで大をする」ことは、今も昔も大変勇気のいる行動だそうです。「誰もが皆やっていること」をするだけなのに、なぜなんでしょうねぇ。 (2000/1/28) アレクサンダー大塚選手は残念ながら判定で負けてしまいました。勝利したボブチャンチン選手は、大塚選手の1試合目の会場に姿を見せてマイクアピールをしたそうです。やっぱり、気になったんでしょうか。 (2000/2/4) **初出 [#gecc872e] -「[[ショートショート・メールマガジン]]」第54号(2000/1/28号) -ウェブ公開(2000/3/4) [[ショートショート]]>スポーツショートショート