• 追加された行はこの色です。
  • 削除された行はこの色です。
#include2(SS/戻り先,,none)
[[ショートショート]]>恋のショートショート

*恋の壊死   玉生洋一 [#ta8f2482]

 いつの世にも報われない恋というものは存在する。

 上流貴族の娘アグネスと、社会の底辺を生きてきた若者サム。
 2人の恋も、そんな恋のひとつだった。

「もしもし、お客様。携帯電話をお忘れですよ」
 ホテルのポーイをしていたサムの言葉に、アグネスが振り返る。その瞬間、悲劇の恋は始まった。
 目と目がお互いの姿を確認した時、恋の導火線に火がついた。
 炎は重なり合ってひとつになり、一層激しく燃え上がる。

 だが、燃えさかる炎は分厚い壁に遮られた。
「そんな身分の賤しい男との結婚など断じて許さん! あの男はうちの財産が目当に決まってる。それがお前には分からんのか!!」
 アグネスの父親は、再三の説得にも全く応じようとしなかった。
 外出を制限されたアグネスは、サムと携帯で会話を交わすのがやっと。
「ああ、サム。あなたに会いたい……!!」
「僕もだよ、アグネス。なんとかお父さんを説得する方法は……」
 だが、有効な手だては何も見つからない。アグネスは、ただ毎日をさめざめと泣き暮らすしかなかった。

 そんなアグネスの部屋に、ある日父親が訪れた。
「悲しんでいるお前の姿を見ているのは、わしもつらい……」
 そう言うと、父親は手に持っていた小箱をアグネスに差し出した。
 開いてみると中には、見事な宝石に彩られた金色の指輪が輝いていた。
「それをお前にやろう。同じ指輪をサム君にも送ってある」
「……お父様! じゃあ、私たちの結婚を許して下さるのね!!」
 アグネスはあまりの嬉しさに涙を浮かべながら、父親の胸に飛び込んだ。
 父親は静かにうなずくと言った。「ただし、条件がある」
「……条件?」
「この指輪をいつも身につけていて欲しい。それさえ守ってくれるなら、わしは何も言わないよ」
「ええ。約束するわ!」アグネスは父親の頬にキスをすると、一目散に部屋を飛び出していった。
 その背中を見送りながら、父親はポツリと呟いた。「すぐに帰って……来いよ……」

「お父様が、私たちのことを許して下さったの! 今から会いに行くわ」
「ああ! 僕のところにもお許しが届いた。いつもの公園にすぐに行くよ!」
 携帯を切るとアグネスは夕闇の迫る街路を、軽い足取りで駆け抜けた。
 もうすぐ愛しいサムに会える。そして、誰にも邪魔されることなく抱きあうことができるのだ。2人の未来を想像しただけで、アグネスの胸は幸せな思いに締め付けられた。
「……!?」大通りに出る角で、アグネスは不意に足を止めた。
 左手の薬指に鈍い痛みが走ったのだ。見ると父親に貰った指輪が、薬指の根元を締め付けている。
 それはまるで「会いに行くな」と訴えかけているかのようだった。
「な、何よこれ……!?」アグネスは構わずに歩き始めた。だが、一歩一歩進むごとに指輪はじわじわと薬指を締め付けていく。次のストリートを横切る頃には、薬指の痛みは耐えきれないほどになっていた。
「痛……!」アグネスが思わず後ずさりすると、指輪は少しだけ緩くなる。どうやら、公園に近づくほど──すなわちサムに近づけば近づくほど、指輪は徐々に収縮していくようだった。
「お父様……。どうしてもあたしをサムに会わせないつもりなのね! でもそうはいかないわ……!!」
 アグネスは激痛にうめきながらも、這うように進み始めた。
 すでに肉に食い込んでいる指輪は、とても取り去ることができない。すっかり血の気を失った薬指は、紫色に変色してしまっている。このままでは壊死してしまうのも時間の問題だ。
 だが、アグネスはその歩みを止めようとはしなかった。

 愛するサムと別れるくらいだったら薬指の1本なんて!!

 アグネスは懸命に歩き続けた。脂汗に曇った視界に公園が姿を現した時、携帯の着信音が鳴った。その向こうからは辛そうなサムの声。
「ア、アグネス……。このままじゃ、き……、君と会うのは無理だ……。残念だが、引き返そう……」
「何を言うのサム! 私は……あなたのためだったら指の1本くらいなくしても平気よ! あなたも本当に私を愛しているのならば、会いに……、会いに来て……!!」
 彼も苦しんでいるのだ。私が負けるわけにはいかない!
 アグネスは最後の力を振り絞って足を進めた。
 薬指の骨が砕ける音がした時、あまりの痛みにアグネスは声もなく倒れ込んだ。
 そこはすでに公園の敷地内だった。

「アグネス!」
 すかさずそこに走り込んできたのは、1台の高級車だった。アグネスの父親がドアから飛び出す。「何をしている! 早く応急手当をするんだ!!」
 父親の指示によって、車に待機していた医師たちがアグネスを取り囲んだ。
「お、お父様……」
「アグネス、すまなかった……。これは『愛する人に近づくと収縮する指輪』だったんだ。お前のサム君への愛がこんなにも深いものだったとは……」
「じゃあ……、あたしたちのこと、本当に許して下さるのね……」
「もちろんだとも。……お前さえよければな」顔をあげた父親の視線の先には、ちょうど公園の入口を駆け込んでくるサムの姿があった。
 サムはアグネスたちに気づくと、脇腹をかかえながら走り寄ってきた。
「どうもどうもお父さん。この度はこんな立派なものを頂いちゃって……」
 サムはその腰に輝く金色の*ベルト*を撫でると、はにかむように笑った。

「来る途中で緩んでずり落ちそうになっちゃって、ちょっと困りましたけどね!」











~
~
~
**評価 [#w040d654]

面白かった→&vote2(●[456],nonumber,notimestamp);

**作者からひとこと [#qc6b0d69]

 実は「大きさは比例していた(反比例ではなく)」という裏オチもあります(首輪にするという案とか)。
 なんにせよ、人の想いほど判断の難しいものはないですね。「愛のあるなし」は割と簡単に分かっても、「真実の愛」か「嘘の愛」かは……。

- 今週のボツ話→『恋の絵師』『恋のエッシャー』『恋のAC』 次回はどなることやら。

(2000/5/1)

**初出 [#v14e6af0]

-「[[ショートショート・メールマガジン]]」第62号(2000年3月28日号)

[[ショートショート]]>恋のショートショート