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*矛盾の一球   玉生洋一 [#ja44df93]

 松崎は球界一の実力を持つピッチャーだった。
 だが、その右腕は泣いていた。松崎の所属球団は、万年最下位のダイナーズだったのだ。
「おれの力でこの球団を日本一に……!」
 それが松崎の口癖だったが、一人の力ではどうしようもないことが世の中にはあるものだ。
 なにしろ、前に飛んだ打球のほとんどがヒットになってしまうほど、ダイナーズの守備力はお粗末だったのだ。いくら才能のある松崎でも、全打席を三振に押さえることは不可能である。
 おまけにキャッチャーの新田は、松崎の投球を受けきれずに落としてしまうことが多々あった。その日も松崎の好投も虚しく、新田の落球が仇となって負けてしまったのだ。
「そんなことでプロと言えるんですか!」
 リーグ一の強打者・イテローとのライバル対決にも敗れ、ピリピリしていたせいもあったろう。いつにも増して激怒した松崎は、ついに先輩の新田にキレてしまった。
「ただなんとなく試合をこなして金を貰おうなんて、甘ったれてんじゃないですか。たとえどんな手段を使ってでも勝ちに行くというくらいの根性がなけりゃ、プロじゃないですよ!」

 そうだ、どんな手段ででも勝たなければ……。ある決意を胸に、松崎はその建物のドアを叩いた。
 白衣の男が松崎を出迎える。「ご依頼は何ですかな?」
「先生は金さえ払えば何でも発明してくれると聞いて来ました。お願いです。僕のために、『絶対にバットに当たらないボール』を発明して下さい。チームメイトはあてにならない。僕一人の力で勝つためにはこうするしか……」
「分かりました。引き受けましょう。私は金さえ貰えればいいのです」

 数日後、松崎のもとに発明家から依頼の品が送られてきた。
 中にはピンク色の粉袋がひとつ。それは滑り止め用のロージンバッグだった。同封のメモには「これを投球前にさりげなくボールに塗りなさい」と書かれていた。早速松崎は粉袋をポケットに押し込むと、その日のリリーフとしてマウンドに立った。
 粉の効果はてき面だった。松崎の投げた球はまったくバットをよせつけなかった。打者たちは首をかしげてバッターボックスを後にしたが、もともと実力のある松崎の球とあって、誰も疑う者はいなかった。
 新田もその日はミスを犯すことなく、次々と松崎の球をミットにおさめていった。そして試合は無事、勝利で幕をとじた。
 当然だ。自分が投げる限りチームに負けはないのだ。松崎は優勝への手応えを感じていた。

 次の試合日、先発の予定だった松崎は意気揚々と球場入りした。ロッカールームで着替えを済ませると、ポケットの粉袋を確かめて部屋を出る。すると、そこに新田が駆け込んで来た。正面衝突した2人は、尻もちをついた。
「いたたた……。新田さん、危ないじゃないですか」
「すまんすまん、ちょっと急いでたもんでな。お前も早くしないと遅れるぞ」新田はそのまま部屋の中へと入って行った。
「……ふう。まさか、おれの秘密には気づいてないよな?」松崎はポケットから落ちた粉袋を、あわてて拾い上げながら呟いた。

 そして試合が始まった。松崎のボールはその日も絶好調。ライバルの4番イテローがバッターボックスに立つまでに要した球は、きっかり9球だった。
 イテローも最近は特に絶好調で、全打席でヒットを飛ばしている。だが、今の自分にはかなうものか。松崎は笑い出したいのをこらえていた。
 しかし、イテローの手に握られているものを見た瞬間、松崎は絶句した。
 その手にはピンク色の粉袋があった。イテローは、バットに丁寧に粉を振りかけている。
「ちょっと待った、何だそれは」
「何って滑り止めじゃないか。バットが滑らないように塗ってるだけだけど?」イテローはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
 間違いない。イテローも発明家に依頼していたのだ。あれは『ボールが必ず当たるバットにする粉』なのだ。そうでなければ、全試合、全打席でヒットなど打てるわけがない。
「負けるものか」松崎は粉を手に付けると、念入りにボールに馴染ませた。額からは滝のような汗が流れる。「果たしてどちらの粉の効果が強いんだ? どちらも完璧だとしたら、一体?」
 ……とにかく、気合いを入れて投げるしかない! 振りかぶった松崎は、勢いよくその腕を振り下ろした。入魂の一球は、唸りをあげて突き進む。
 そこに、イテローのバットが轟音と共にぶつかって……。

「それでは、彼はもう2度と野球はできないんですか……」
 夜の病院。医師は沈痛な面もちで答えた。「ええ。右手の粉砕骨折ですから。まるで右手に吸い寄せられたように、打球がまともに当たっていて……。運が悪かったとしか言いようがないですな」
「ああ、松崎……」試合後、球場からそのまま駆けつけた新田は、少し生意気だった後輩を心から哀れに思った。
「お前の球を確実に受けるために、こんなことまでしたって言うのに……」
 そう言うと新田は、ピンク色の粉袋と共に愛用のミットを床に投げつけた。
 それが、ちょっとした間違いから『絶対にバットに当たらないミット』になっているとも知らずに。






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**作者からひとこと [#x96d5956]

 『バットをよけるボール』『絶対にボールを捉えるバット』『絶対にボールをキャッチできるミット』。あなたならどれが欲しいですか?
 あたりまえのことですが……スポーツに絶対はありません。正々堂々とやりましょう。
 新田は番場蛮の先輩のイメージで読んで下さい。
(1999/12/8)

**初出 [#ceea7268]

-「[[ショートショート・メールマガジン]]」第43号(1999/10/24号)


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