おばあちゃんの傷

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おばあちゃんの傷   玉生洋一

 うちのおばあちゃんはとても陰気で暗い。それはヒタイに大きな傷があるせいなんだ。  ある日、僕は何気なく聞いてみた。 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」  おばあちゃんはにっこりと笑って答えた(おばあちゃんが笑うのは僕と話す時だけなんだ)。 「これかい。これはね、60年前にうちに押し入ってきた暴漢にやられたんだよ」 「ふぅん。悪いやつがいるんだねぇ」  僕はおばあちゃんがとてもかわいそうになった。60年間もつらい思いをしてきたなんて!  その夜、僕は神様にお祈りをした。どうかおばあちゃんの傷をいやして下さい……。

 ある日、僕はまたおばあちゃんに聞いてみた。 「おばあちゃん。その傷、どうしたんだっけ?」 「これかい。50年前に空襲でやられたんだよ」  10年短くなってる! きっと神様が僕の願いを聞いて、おばあちゃんの心の痛みを10年分いやしてくれたんだ。うれしくなった僕は、もっともっと神様にお祈りした。  毎朝質問するたびに、おばあちゃんの答えはだんだんと変わっていった。 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」 「40年前に地震でやられたんだよ」 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」 「30年前の台風でやられたんだよ」 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」 「20年前、交通事故にあってねぇ」 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」 「10年前にちょっと転んでね」  もうちょっとだ! もうちょっとでおばあちゃんの傷は……。

 その朝、僕はいつものようにおばあちゃんに聞いた。 「おばあちゃん。その傷、どうしたの?」 「ああ、これかい……」  おばあちゃんはいつものように静かな声で言った。いつもと違ったのは、おばあちゃんの眉がものすごいスピードでつり上がって、たちまち鬼みたいなこわい顔になったことだ。  僕の目の前に指をつき出すと、聞いたことのない声で鬼は叫んだ。 「……これは……、この前オマエが投げて遊んでいたオモチャが当たってできたんじゃないか!!」  え? え……!?  僕が何も答えられないでいると、そこに勢いよくママが飛び込んできた。 「お義母さん! この子のために内緒にしておこうって約束だったじゃありませんか!!」 「私だってそうしようと思ったよ。だから今までうまく誤魔化してきたんじゃないか。でも、この子ったら毎朝悪びれる様子もなく同じことを聞いてくるんだよ。つい腹が立ってねぇ……」  ソウダッタノダ! おばあちゃんのヒタイにある大きくえぐれた傷。その傷をつけた犯人は僕だったのだ!!  わあわあと泣きながらおばあちゃんの部屋から飛び出した僕は、階段の前に落ちていたボールに気がつかなかった。  僕は宙に投げ出された。

 それから僕は暗い人生を送った。  年金暮らしとなった今では、自分の部屋に閉じこもっていることが多い。  そんな僕に孫娘が話しかけてきた。 「おじいちゃん。その傷、どうしたの?」  僕はヒタイを触りながらにっこりと笑って言った。 「これかい。これは60年前にね……」




評価

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作者からひとこと

 イヤな話に思えるかもしれませんが、結局ふたりの傷は60年分もない(なくなっている?)わけなので、ご安心下さい。 (2001/6/18)

 色々と想像できる話という意図だったのですが、「真実の理由が気になる」とのお便りを何通か頂いたので、理由を特定できるように少々加筆してみました。いかがでしょう。 (2001/6/28)

初出

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