ベタムン

リレー小説

不条理リレー小説『ベタムン』

『ベタムン』1 (1997/02/17 05:59:04)TAM(玉生洋一)

退社間際の四時半。おれが仕事をバリバリしていると、係長がおれの名を呼んだ。 嫌な予感がした。今日は恋人の女子(にょこ)の誕生日なのである。残業などさせられてはかなわない。 おれはビクビクしながら係長の前に行くと「何でしょうか」と聞いた。 「やあ。ところで君はベタムンか?」 係長は真顔でおれの目を見てこう言った。 後で考えると、ここでおれは正直に「ベタムンって何ですか?」と聞けば良かったのである。 しかし、おれは昔から知ったかぶりをする癖があるのだ。聞くは一生の恥と言う信条のもとに生きているのである。 おれは即座に、「いいえ。私はベタムンではありません」と自信に満ち溢れた口調で答えた。 ベタムンとは何か知らないのであるからおれがベタムンというものである可能性は低い、そう考えたのである。

『ベタムン』2 (1997/02/17 07:31:31)須手英二

「そうか。なら、早退したまえ」係長はおれの顔も見ずにそう言った。 おれは訳が分からなかったが、これで女子のマンションに早く行けるぞ思い、ウキウキした足取りで会社を出た。 駅に行くためには地下道を通る必要がある。おれが地下道への階段を降りると、そこは人間で溢れ返っていた。通行量に比べて道幅が狭いために、五時前からいつもこんな調子なのである。

『ベタムン』3 (1997/02/17 07:34:36)須手英二

おれは、「ああ、今大地震が起きたら、この地下道にいる何百人はパニックになるんだろうな」なんて事を考えながら、人混みの一人となった。 しかし次の瞬間、もっと恐ろしいことが起こったのである。 おれ以外の地下道の人間全員が一斉に全速力で走り出したのだ。

『ベタムン』4 (1997/02/17 07:55:44)ユウコ

訳が分からない。当然おれも全速力で走らなければいけなくなった。そうしなければ何百という人間に踏み潰されてしまう。 周りにいる人間すべてが必死の形相で走っている。何なんだこれは。誰か納得のいく説明をしてくれ。

『ペタムン』5 (1997/02/17 21:54:33)曉木蘭

「ならば説明してやろう」 低いくぐもった声が俺の聴覚を刺激した。 「誰だ!」 俺は抱え込んでいた頭を跳ね上げた。 するとそこには黒いマントの男がニタリとした笑みを浮かべ立っていた。 「貴様は、ペタムン!」

『ベタムン』6 (1997/02/18 23:42:22)TAM

「ペタムン? 何だそれは」 黒マントの男は首を傾げると、笑みを絶やさずに続けた。 「ところでお前、大丈夫なのか?」 うっかりしていた。おれはいつの間に走るのをやめて頭を抱え込んだりしていたのだろう。 気付いたときにはもう遅かった。何百という人間がおれの上を通過していく。 おれは叫んだ。 「だ、誰か、助けてくれ!」

『ベタムン』7 (1997/02/21 07:07:10)藤正平

「助けたわよ」 気がつくとおれはベッドに寝ていた。 おれの目の前には女子(にょこ)の優しい顔が微笑んでいた。 「???……。おれは一体どうしたんだ」 「こっちが聞きたいわよ。一体何があったの? あたしの部屋に来るなりブッ倒れちゃって……。今日はあたしの誕生日なのよ。驚かせるんならもっと別の方法で驚かせて欲しいもんだわ」 「もちろん、君の驚くプレゼントを用意してあ……」 そう言いかけて、おれはハッとした。 おれがプレゼント用意したダイヤの指輪は、今日店まで受け取りに行くことになっていたのである。 「ちょ、ちょっと待っていてくれ」 唖然としている女子(にょこ)を残して、おれは女子のマンションを出た。

『ベタムン』8 (1997/02/21 07:10:26)川島敗れる!

宝石店に着くと、おれはすぐに店員に話しかけた。 「頼んで置いた指輪が欲しいんだが……」 店員はおれの顔を見るなり悲鳴を上げた。「キャアアアーーーーー」 その瞬間、マシンガンの銃声が店内に響きわたった。

『ベタムン』9 (1997/02/26 07:55:12)井岡も敗れる

強盗だ! 気付いたときには遅かった。 おれは松田優作似の犯人に羽交い締めにされると、こめかみに拳銃を突きつけられた。 「おとなしく宝石を出せ! 早くしないとこいつの命はないぞ」 犯人は店員をせき立てている。 関係ないおれはたまったもんじゃない。 がたがた震え小便を漏らしそうになりながら、おれはとっさに叫んだ。 「お、俺はベタムンだぞ!」

『ベタムン』10 (1997/03/03 05:36:29)須手英二

「!」 強盗達はそれを聞くなり叫び声もあげずに一目散に走り去った。 おれがきょとんとしていると、宝石屋の女の子が泣きながら近づいて来て、持ちきれないほどの宝石をおれに手渡して去っていった。 どういうことなんだ? おれが呆然と立ち尽くしていると、そこに先刻の黒マントの男が現れた。 「ベタムンって一体何なんだ!」おれがわめくと男は 「どういうことか説明してやろうか。」と、ニヤニヤしながら言った。 「ただし、条件がある・・・」

『ベタムン』11 (1997/03/29 15:53:50)しのす

「条件?」 おれがそう聞き返した時に、拳銃を構えた警官が5人入ってきた。 「手をあげろ」「お前は完全に包囲されているぞ」「武器を捨てろ」 警官達は口々に言いながら近づいてきた。 おれは「違う」と手を振りかけて、自分の手に宝石がいっぱいあるのに気づいた。 この状況ではどうみても強盗だ。 この場を打開するには、しかたない。 「おれは、ベタムンなんだ!」 案の定、警官達は悲鳴を上げながら店を飛び出していった。 しかし一人の警官が恐怖にかられて拳銃を乱射し、それが黒いマントの男に当たってしまった。

『ベタムン』12 (1997/04/04 03:36:43)TAM

「大丈夫か!」 おれは思わず黒マントの男に駆け寄った。 しかし弾丸は黒マントの男の心臓を完全に撃ち抜いていており、もはや男に意識はなかった。 「ちくしょう!」おれは呆然として立ち尽くした。 一体男はおれに何を伝えようとしたのだろう。 もはやそれを知ることは不可能になってしまった……。 「ん?」おれはその時、男の顔を覆っていたマスクが少しずれていることに気付いた。 何気なくそのマスクをはぎ取ったおれは息を呑んだ。 そこには部屋でおれを待っている筈の女子の顔があったのだ。

『ベタムン』13(Sun Apr 13 14:26:06 JST 1997)しのす

どれだけ時間が経ったのだろうか? おれは死んだ女子をじっと見つめていた。 幸せな日になるはずだったのに。なぜ、こんなことに・・・ おれはなぜか泣けない自分を不思議に思いながらも、女子の遺体を抱え上げると店を出た。 店の外ではパニック状態が拡大していた。皆が恐怖から恐慌状態で暴徒と化していた。 その中に取り締まるべき警官たちも混ざっていたので、暴動は止めようがなかった。 人々が取っ組み合い、殴り合い、血を流しあっていた。 店という店の窓が割られ、略奪が行われ、自動車はひっくり返されて炎上していた。 いくつものビルが燃え、しかし消防車の近づける様子ではなかった。 だがそんな光景もおれには何の意味もなかった。 女子を抱いておれの足は女子のマンションに向かっていた。 マンションは被害を受けていなかった。 女子の部屋に着く。ドアは、簡単に開いた。 「お帰り」と部屋の奥から出てきたのは、間違いなく女子だった。

『ベタムン』14(Wed Apr 16 03:48:10 JST 1997)TAM ※しのすさんどうも

「あれぇ!? お、お前、どうしたんだ?」 「どうしたとは何よ、あなたこそ遅かったじゃないの。あら、どうしてそんなもの持ってるの?」 「え?」  おれは自分の腕に抱えられているものを見て驚いた。それは女子の死体などではなく、宝石店にあったマネキン人形だったのだ。 「こ、こんな筈は……」おれは慌てて部屋にかけ込むと、窓から外を見た。 「???!!!!」  おれの目に映ったのはさっき通ってきた筈のパニックに陥った街の姿ではなく、いつもと同じ穏やかな夕暮れの風景であった。  言葉を失っているおれに、女子が気味の悪そうな視線を向けながら言った。「ねえ、大丈夫? あなた……本当にあなたなの?」 「だ、大丈夫さ! 当たり前じゃないか」 「じゃあ、自分の名前を言ってみてよ」  女子にそう言われておれは口ごもった。おれの名前? ……何だったっけ。あれ? 思い出せない! おれはへたへたとその場に座り込んだ。  おれの頭の中にはただ「ベタムン」という言葉がぐるぐるとまわっているだけだった。

『ベタムン』15(Wed Jun 18 04:24:05 JST 1997)K.S 東村山

「さあ、どうしたの。自分の名前が言えないの?」 女子はじりじりとおれに迫ってくる。 おれは焦った。 「ベタムン」と答えることだけは避けなければいけない。なぜかそんな感じがしていた。 おれは必死になって代わりの言葉を探した。 そして咄嗟にこう口にした。

『ベタムン』16(Wed Oct 8 06:27:09 JST 1997)しのす ※ひさしぶりっ。新作スタートしてる・・・

「べ、べ、ベートーベンっ」 「何、それっ?」女子はあきれた顔をした。 まずい。俺の頭の中で運命が鳴り響いている。 ここは開き直るしかない。とにかくごまかそう。 「これは運命なんだ。僕たちが出会ったのは。今日は君の誕生日だ。 だから言うよ。君を愛している。僕と結婚してほしいんだ。 一生君を幸せにするから。」 「な、何よ、と、とつぜん?」 しかし女子の顔がくしゃくしゃと歪むと大粒の涙がその瞳からこぼれ落ちた。 「何よ、そんな急に・・・」そう言いながら俺に抱きついてきた。

『ベタムン』17(Mon Oct 13 08:00:09 JST 1997)TAM ※しのすさんお久しぶり!

そんなわけで、おれと女子はめでたく結婚した。 そして、当然の成りゆきとして赤ん坊が生まれた。 「オウギャー!!」 勘違いした方もいるかもしれないが、これはおれたちの愛の結晶の泣き声ではない。 おれの声なのだ。 生まれたばかりの赤ん坊を見た途端、おれはバック宙をした。

『ベタムン』18(Thu Jan 15 00:06:43 JST 1998)しのす

なんと赤ん坊は俺と瓜二つならぬ瓜三つ、いや、瓜四つだったのだ。 なんと俺と同じ顔をした四つ子が生まれた。 産婦人科医は「四人も生まれるとは・・・」と絶句していた。

子供が生まれてからというもの、俺たちの毎日は豹変した。 子供中心でバタバタと忙しい毎日。例のベタムン騒動は完全に忘れ去られた。 俺は自分の名前も言えるようになったし、不思議なことも起こらなくなった。

そんなある日、女子が俺を呼んだ。 「あなた、子供たちがしゃべったわ!」 すぐさま飛んでいく。すると俺と全く同じ顔をした四つ子が俺たちをみつめて一斉に言った。 「ベタムン!」「ベタムン!」「ベタムン!」「ベタムン!」 俺たちは凍り付いたまま、「ベタムン!」と言い続ける子供たちを見ていた・・・




(許されるなら、勝手に『ベタムン(完)』)


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