月あかりの映る部屋

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月あかりの映る部屋   玉生洋一

 月あかりの差し込むバー。  プレイボーイ風の色男が、バーテン相手に得意げに言った。 「おれの手にかかって落ちない女はいない」  すると、側で呑んでいた恰幅のいい紳士が振り向いた。「では、私と勝負してみますか?」 「ほほう。おれとあんたが勝負?」色男は紳士をジロジロと眺めた。  紳士は全身を高級品で着飾っているものの、お世辞にもいい男とは言えない。それどころか、何も言わないでいることがお世辞になるほどの醜男だった。 「いいけど、ターゲットがいなけりゃ勝負はできないぜ」  色男がそう言うと、紳士は黙ったまま壁際の席に座っている女性を指さした。 「……悪くない女だ。いいだろう。勝敗はどうやって決める?」 「先に女の裸を見ることのできた方の勝ち……というのではいかがです?」 「面白い。ところであんた、このおれに勝てると本気で思ってるのかい?」 「世の中は金ですよ。金があればできないことはありません」紳士はパイプをくゆらすと、にっこりと微笑んだ。 「ふふん。金がなくったって、テクニックさえあれば何だってできるさ」  そう呟いた男は早速行動を開始した。  壁際のテーブルに近づくと、甘い言葉で女を口説き始める。最初は迷惑そうな表情をしていた女も、次第に男の言葉に耳を傾けるようになり、二人が連れ立って店を出て行くまでに時間はかからなかった。 「悪いな!」男は紳士に目配せして店を出た。

 月が天高く昇った頃、男はホテルの一室にいた。  2件目の店で酔いつぶれた女は、ベッドの上で静かな寝息を立てている。 「ふふ。チョロいもんだぜ」月あかりに照らされた女の服の上に、男の手が影となって落ちる。  その時、女がおもむろに起きあがった。 「……ここは……、どこ?」 (チッ、目が覚めやがったか)そう思いつつも、男はやさしく女を抱き寄せた。 「ふたりきりになれる場所だよ。僕たちが忘れられない夜を過ごすためのね」  このまま口説き落とせば自分の勝ちは変わらない。そう考えていた男の耳に、女の悲鳴が突き刺さった。 「イヤーッ!」  女はベッドから立ち上がると、部屋の中をキョロキョロと見回した。  女の目には、何人もの自分が映っていた。その部屋は全面が鏡張りになっていたのだ。窓から差し込む月光が、女の体を怪しく照らす。 「わ、私……、こんないかがわしいところ、イヤ! 帰ります!」  女はハンドバッグを手に取ると、さっさと部屋を出ていってしまった。  一人残された男は溜息をついた。「チェッ。金をケチってこんな安ホテルに入ったのがまずかったか。まぁ、まだチャンスはあるさ。ホテルの鏡に驚いて帰るようなお堅い女だ。あのオヤジに大金を積まれたとしても、簡単には脱がないだろうよ」 

 すぐにホテルを出た男は、その足で最初のバーに戻った。  紳士はバーの片隅でまだグラスを傾けている。 「やあ、オッサン。成功したよ……と言いたいところだけど、実はまだなんだ。安心しな。ホテルまでは行ったんだけど、逃げられちまって……」 「知ってますよ。見ていましたから」 「見ていた?」  見ると、紳士の脇には大きな筒状の物体が置かれていた。「この望遠鏡は特注の最新式でしてね。76万キロ先の人の顔でも識別できるほど性能がいいんですよ」 「冗談言っちゃいけない。いくら高性能だろうが、ここからさっきのホテルまでは一本道じゃないんだ。見えるわけが……」 「実は私、会社の社長をしているのですが、先日、あるところにうちの製品を一枚置いてきてもらったんです」 「え……?」  紳士は一枚の手鏡をポケットから取り出した。「これです。NASAに頼んだんですけどね」 「……!」  昔、小学校で習った記憶がある。76万キロの半分の38万キロ……。それは確か、ここから『あそこ』までの距離ではなかったか。男はハッとして頭上を見上げた。

 その頃、帰宅した女は、酔いを醒まそうとバスルームの扉を開いた。天窓からは美しい月の光がシャワーのように降り注いで……。




評価

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用語メモ

  • NASA(ナサ):アメリカ航空宇宙局。National Aeronautics and Space Administration の頭文字をとった略称。分かりやすく言えば、ロケットを飛ばすところ。

作者からひとこと

 先日、人工衛星から撮った地上の写真が一般人にも買えるようになる……というニュースが流れましたが、未来ではこんなことになるかもしれません。今でも軍事機密レベルでは近いことになっているんでしょうが……。路上キスをする時は空にご注意。  この話、最近の中では一番のお気に入りです。  オチが分からない方は鏡を手に実験してみて下さい。 (1999/11/13)

初出

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