最後の手段

#include2(SS/戻り先,,none) ショートショート>その他のショートショート

最後の手段   玉生洋一

「デビューを約束しよう」  プロデューサーにそう言われた時、私は天にものぼる気持ちだった。  男女六人でバンドを始めてからちょうど五年。私達の努力がやっと報われたのだ。  この話を聞いたら他のみんなはどんなに喜ぶだろう。  ギターのさとし、ベースのシンちゃんが「さっそく曲作りだ!」とはりきる姿が目に浮かぶ。  女ながらドラムを叩いてきた、い〜ちゃんはもしかしたら泣き出すんじゃないかしら。  ダンスの美華とみどりは、文字通り舞い上がることだろう。  私がニヤニヤしながらそんなことを考えていると、プロデューサーが続けて言った。 「ただし、デビューできるのは君だけだ。うちの会社では女性ボーカルはひとりで売り出す方針だからね」

「キミちゃん。どうだった?」練習スタジオのドアを開けると、待ちかねた様子のみどりが飛んできた。  他のみんなも練習の手を止め、一斉に期待に満ちた目で私の顔を見る。 「ええと……、あの、あのね……」  うまく切り出せないでいる私の言葉をシンちゃんがさえぎった。「分かったよ。みなまで言うな。……駄目だったんだろう?」 「え〜、ガッカリ!」とたんに美華が落胆の声をあげる。 「今度こそイケると思ってたのにぃ」い〜ちゃんは今にも泣き出しそうだ。 「でも、あの……」 「いやいいんだ。また今度がんばればいいんだから。さあ、気合いを入れて練習だ!」  さとしのこの一言で、スタジオは再び大音響に包まれた。

 結局、みんなには本当のことは言えなかった。  言えるわけがない。全員駄目だったのならまだしも、私一人だけがデビューするだなんて。ああ、どうしたら……。  こうなったら最後の手段しかない。私は悩み抜いた挙げ句、意を決してプロデューサーの部屋のドアを叩いた。 「こんな時間に、どうしたんだい?」  部屋に上がり込んだ私は、六人でのデビューを精一杯懇願した。プロデューサーは私の一言一言を頷きながら聞いていたが、最後に発した言葉は非情なものだった。 「何と言われようと駄目だ」  私はへたへたとその場に倒れ込んだ。 「可哀想だとは思うが、会社の方針だから仕方がないんだよ」  私はしばらくの間うなだれていたが、おもむろに立ち上がるとブラウスのボタンに手をかけた。 「何をするんだ。そんなことをしたって無駄だ!」驚くプロデューサーが止めるのも聞かず、服を脱ぎ続けた私はとうとう全裸になった。 「どうです? これでも無理ですか?」 「……」

 数ヵ月後、男女三人ずつのバンド『Say-10-Count』はめでたく初登場第1位に輝いた。




評価

面白かった→&vote2(●[837],nonumber,notimestamp);

作者からひとこと

 オチが分からない方は、バンド名をくり返し唱えれば分かります。日本でも最近認可されたみたいですね。……手術。  登場人物の名前は『恋の証明写真』の犯人当てクイズにご応募下さったみなさんです。 (1999/4/2)

初出

ショートショート>その他のショートショート

このページをシェアする
Share on Tumblr