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罪を肉んで

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罪を肉んで   玉生洋一

 おれがドアをノックすると、白衣の男がため息をつきながら現れた。
「何じゃ、またあんたか……」
「ごきげん斜めだな博士。せっかく遊びに来てやったっていうのによ。ヘッヘッヘッ」
「こら、勝手に入るな! どうせ、金をせびりに来たくせに」
「ヘッヘッ、そんなこと言っていいのかい? あんたは昔、研究熱心なあまり違法な実験に手を出し、ふとしたことからおれがそれを知った。世間にこのことを公表すれば、あんたの地位や名誉は台無しだ。だが、あんたがその資産の一部をおれに寄付し続けるだけで……」
「もういい、黙れッ! あれは一時の気の迷いだったんじゃ。それをお前ってやつは……」
「ヘッヘッ、そんな顔でおれを睨み付けるなよ。分かっているだろうが、変な気を起こすなよな。おれの頭には超小型コンピュータが埋め込まれている。おれが身の危険を感じると、瞬時に博士の過去が全世界にメール配信される仕組みだ。まぁせいぜい丁重にもてなしてもらおうか。……おや、そこに大事そうに置いてあるものはなんだい?」
「嫌なものを見られたわい……。何に見える?」
「うまそうなボンレスハムに見えるな。ジュル……」
「まぁ不本意じゃが、この際あんたに実験を手伝ってもらうとするか。あんた、身につけているもので一番大事なものはなんじゃ?」
「ああ? そうだな。この時計かな。昔から使ってるんだ」
「ちょっと貸してくれ。……今、ワシがこれを壊したらあんたどうする?」
「冗談言っちゃいけない! そりゃあ、怒るに決まってる」
「じゃあ、試してみよう。ホレ、グシャ」
「……」
「どうした、あんたの大事な時計は潰れてしまったぞ。ワシを怒らんのか?」
「いや、時計が潰れたのはとても残念なんだが、……なぜかあんたを怒る気にはなれないんだ」
「なぜじゃ?」
「よくは分からないが、あんたはおれと同じ人間じゃないような……まるで赤ん坊……そう、猫の赤ん坊に接しているような気分に……」
「その通りじゃ! 種明かしをしよう。実はこのハムは仔猫の細胞から採取されたデータを元に作った人工肉なんじゃ。これを食べた者は、他人の目からは赤ちゃん猫のように感じられるんじゃよ」
「ははぁ……。そうするとどうなるんだ?」
「大人が意図的に大事な物を壊したら誰だって怒るじゃろう? だが、赤ん坊が物を壊して怒る者はいない。それが猫だったら尚更じゃ。可愛いペットの仔猫がひっかいたからといって、激怒する飼い主はいないじゃろう? 怒ったとしても怒りは猫にではなく、『傷が痛い』という事実に向けられるはずじゃ。『罪をにくんで人をにくまず』というやつじゃな」
「なるほど! ってことは、このハムさえ食べれば、どんな悪事をやっても許されるのか」
「……あんたならそう言うと思ったわい。だが、ワシはそんなことのためにこのハムを発明したのではないわ。これを例えば刑期を終えた殺人犯に食べさせるんじゃ。そうすれば肉親を亡くした遺族の心の傷も、多少は癒えるじゃろう? 他にも……」
「いやぁ、しかし凄い発明だ。博士、金はいいからそのハムをおれに譲ってくれないか?」
「絶対にダメじゃ! お前のような悪人の手に渡ったらどんなことになるか。さっきワシが一口かじった分の効果はもう消えたようじゃが、これを丸ごと食べれば100年は効果が続くじゃろうし……」
「一生捕まる心配がないってことか。素晴らしい! ……ええい、いいからよこせ! ムシャムシャムシャシャ!」
「あっ、何をす……」
「ははぁ、こりゃあ凄い効き目だ。博士もピタッと黙っちまった。博士の目には、今おれは赤ん坊猫のように映ってるわけか。こりゃいい。オラッ! ヘッヘッヘッヘヘヘヘッ。殴ったらのびちまった。ゆかいゆかい。いいぞ! これからのおれは何をやっても自由なんだ。今までの裏街道人生とはオサラバだ! わははははははははははははははは」
 おれは笑いながら部屋の奥にある金庫の前までやってきた。
「こうなったら博士にはもう用はない。全財産を頂いていくとするか。白衣のポケットにあった鍵を差し込んで……と」
 ガチャリ。金庫の鍵は簡単に開いた。だが、扉を開けたおれは予想外の光景を目にした。
「へ?」
 金庫の中には愛らしい仔猫が一匹、ちょこんと座っていたのだ。次の瞬間、仔猫はその小さな体を宙に躍らせた。
 仔猫のなき声は実にかわいらしかった。
「グルル、グァオウ! バリボリグシャ……」

   *   *

「どうやらうまくいったようじゃな」
 目を覚ました博士は、部屋の中の惨状を確認すると、ホッと胸をなで下ろした。「どうだい、安らかな死に顔じゃないか。まさか仔猫に殺されるなんて考えもしなかったろうから、メールも送信されなかったようじゃ。よかったよかった。お前もよくやったな」
 飼い主に巨体を撫でられた土佐犬は、仔猫のような表情で目の前のハムに勢いよくかぶりついた。
「しかしこのロクデナシめ。ハムが死体処理にも役立つということに気づかないようでは、悪人としてはまだまだじゃな。ふふふふふふふ」
 そう言って笑うと、博士はスコップを片手に庭の花壇へと向かった。
 息を引き取ったばかりの男……いや『仔猫』を墓に埋めてやるために。






評価

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作者からひとこと

 この話に出てくるペットが憎めないのと同様、憎しみとは特定の人間や国家・宗教に対して向けられるべきではないと思います。憎むべきなのは罪自体、そしてもっと目に見えないものではないでしょうか。
 仔猫が悪さをしても憎めないのは、最初から自分と相容れない存在だと認識しているからでしょう。同じ人間同士であっても、思想の違いによって人間と仔猫以上の隔たりが存在するという事実を早く気づくべきです。そして、私たちがすべきなのはその隔たりを埋める努力でしょう。
 ところで、近所の家の庭に猫のお墓がある人はご用心! 実は……。
(2001/10/16)

初出

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