渚のカニバリズム

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渚のカニバリズム   玉生洋一

 ある無人島に、難破したひとりの若い僧侶が流れ着いた。 「ひどいことになったものだ。だが、これも修行と思おう。教義を守っていれば、いつかは救われるだろう」  僧侶は、その島で細々と暮らし始めた。

 そんなある日、砂浜に瀕死の男が流れ着いた。  僧侶は男を必死に介抱した。そのおかげで男は一命を取りとめたのだが、僧侶が少し目を離している隙に容態が急変。男は息を引き取ってしまった。 「ああ、私さえ目を離さなければ……。私が殺したも同然だ」  僧侶は苦しんだ。僧侶の宗派の教えでは、生物を死に至らしめることこそが最大の罪とされていたのだ。 「私はなんてことをしてしまったのだろう……!!」  うろたえた僧侶は、泣き悶えながら辺りをゴロゴロと転げ回った。そのうち、僧侶はあることに気がついた。 「まてよ。教義では肉や魚を食すことを禁じてはいない。と言うことは……」  一転して晴れ晴れとした顔になった僧侶は、短刀を取り出すと、男の死体を切り刻み始めた。火をおこすとそれを焼く。 「モグモグ、これで一安心だ……モグモグ。こうすればこの男も意味のある死を迎えたことになる……モグモグ」

 それから数日後。今度は砂浜に瀕死の若い女が流れ着いた。 「今度は目を離すまい」  僧侶の手厚い介抱のおかげで、無事に女は全快した……のだが……。  島に健康な男女がふたりきり。当然のなりゆきで女は僧侶を誘惑し始めた。 「むむむ……。私の宗派の教義では、女人との交わりは禁じられておるのだ。無無無無無無無無無無無無霧夢夢夢夢夢夢夢……ハッ、いかんいかん。このままでは過ちを犯してしまう……!!」  追いつめられた僧侶は、やむなく短刀を取り出した。 「モグモグ、残さず食べなくてはな……モグモグ。残すと、この女の死が無意味なものになってしまう……モグモグモグ」

 それから数ヶ月後。砂浜には漁船でやって来た近海の親子の姿があった。 「父ちゃん、この砂浜、骨だらけだね」 「ううむ。これは一体どうしたことだろうなぁ。この浜には頻繁に打ち上げられるとは聞いているが……」 「打ち上げられるって何が?」  巨大な骨の下に転がっている異様に腹の大きな僧侶の死体を見ながら、父親は呟いた。 「……クジラだよ。浜に打ち上げられたクジラは、どんなに介抱しても助からないんだ」




評価

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作者からひとこと

 宗教の教えって1つ1つはいいことを言ってますが、世の中のどんな状況にも当てはまるとは限らないので、解釈を誤ると怖いですね。  オチは数ヶ月前に世間を騒がせた某ニュースから。テレビを見ながら「さっさと食え!」と思ってました。 (2000/7/27)

初出

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