肉マンの中身

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肉マンの中身   玉生洋一

「ねぇ、あなたって中華マンの中身を当てるのが得意なんですって?」  単身赴任中の夫との電話中。ヒロコの耳に飛び込んできたのは夫の吹き出す声だった。 「プッ、急になんだい? そんなこと誰に聞いたんだよ」 「ええと……中田さん」 「中田? どうして……」 「この間駅でバッタリ会ったのよ。ちょっと立ち話したんだけど、中田さんってあなたの大学時代の友達ってだけであたしとは接点がないでしょ。向こうも話題に困ったのね。売店で売ってる中華マンを見ながらその話を聞かせてくれたの」 「そういうわけか」 「で、どうなの? ホントに得意なの?」 「ああ、得意だよ。肉マンとかあんマンって、印がついてないやつだとどれがどれだか分からなくなったりするだろ。でもおれって、なぜか昔からちょっと見ただけで中身が分かっちゃうんだ」 「へぇ、すごいじゃない。百発百中なんだ」 「うん。よくサークルの飲み仲間でカラシ入りのまんじゅうを食べたら負けって遊びをやったけど、おれ、どのまんじゅうにカラシが入ってるか一目で分かるんだよ。だから負けたことないんだ」 「あら? でも中田さん、あなたもハズれたことがあるって言ってたわよ」 「あいつそんなことまで喋ったのか? ああ。確かに1回だけな。その時はさ、抹茶と青汁の当てっこだったんだよ。おれ、まんじゅうみたいに中身が隠れてるものなら何でも当てられるんだけど、中身が見えてるとなぜか全然ダメなんだよなぁ。抹茶マンと青汁マンなんてのがあれば、きっと当てられるんだろうけど……」 「ふ〜ん、なるほどね……」 「ため息なんかついてどうした? まぁ、そんなことより来週の話をしようじゃないか。おれも10ヵ月ぶりにやっとそっちに戻れるんだし……」 「……そのことなんだけどね。あたし、明日から実家に帰ろうと思うの」 「えっ、どうして?」 「この頃あまり体調がよくなくて、お医者さんも『もっと安静にしていた方がいい』って言うのよ。実家だったらお母さんに面倒見てもらえるし……」 「そうか。それなら仕方ないな……。予定は来月なんだし、とにかく体を大事にしなきゃ。じゃ、来週そっちに帰ったら実家の方に会いに行くよ。お義母さんにもよろしく!」 「ええ。楽しみに待ってるわ」

 受話器を置くと、ヒロコは深呼吸をして気合いを入れ直した。 「よしっ、これで確認はできた……と。あとは、何とか理由をつけてあと少しだけあの人と顔をあわせないようにすればいいんだわ。大丈夫。実家に来させないための理由なんて、何とでもつけられるわ。予定日は来月だし……」  大きなお腹をさすりながら再び電話をかけはじめたヒロコの声は、恋する女のものへと豹変していた。「あ、中田さん? うん、平気。どうやらバレずに済みそうよ。……名前はあなたが付けてよね!」




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作者からひとこと

 浮気はやめましょう! (2002/6/13)

初出

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