無免許作家

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無免許作家   玉生洋一

「あなた、警部さんが見えたわよ」 「ああ……」  妻の呼ぶ声に返事をしたものの、おれはしばらくの間、机の前から立ち上がることができなかった。だが、観念するしかない。おれは重い足取りで階下の客間へと向かった。 「やあ、先生。お顔の色が悪いようですな」警部は深々とソファに腰掛けていた。 「ええ……。ちょっと色々とありましてね。……今日はどういったご用件で?」 「またまた、ご存じのくせに。もう隠し事はやめましょうや。先生の小説『殺人者』の件ですよ。この本、売れましたなぁ」 「はぁ……。読んだ……んですか……」 「もう隅々まで読ませて頂きましたよ。私は先生のファンですからね。この本を出されたことで先生は一流作家の仲間入りをした。今や日本中であなたの名前を知らない人はいません」 「はぁ、お陰様で……」 「当然、マスコミは先生の素顔を追いかけ始めました。大学はどこを出たのか。どのような仕事に就いていたのか。……そして、どういった経緯で作家になったのか」 「…………」 「どうしました? お顔の色がますます……」 「いえ、大丈夫です……」 「……ところで、先ほど拝見しましたが、いい車をお持ちですな。とても私などには一生かかっても買えないような高級車だ。おうらやましい。先生が運転されるんですか」 「ええ。まぁ……」 「ということは、先生は運転免許をお持ちなわけだ。まぁ、今の世の中、持っていない人の方が珍しいですからな。しかし、作家免許となると話は違う」 「…………」 「先日もルポライターが捕まりましたな。彼の書いたルポの中に事実と異なる描写が一箇所だけあったためです。彼はノンフィクション作家免許は取得していた。だが、事実でない事柄を書くにはフィクション作家免許を持っていなければなりませんからな」 「…………」 「あるエッセイストが、飼い猫に『ねむいニャア』と喋らせてしまったことがある。つい筆が滑ったために、彼女は今服役中です」 「……いいじゃないか」 「は?」 「いいじゃないかと言ったんだ! 猫が喋ったらいいなと思うことなんて誰にだってあるさ。どうしてそれを書いちゃいけないんだ!」 「あまりにもデタラメなことを書く作家が増えたためですよ。創作と現実の区別が曖昧になったということも言えるかもしれない。国としてはここに境界を引く必要性を感じたわけです。『作家免許を持たざるものは作家として活動してはならない』ということが作家法によって定められました。頭の中で創作した話を出版するためにはフィクション作家免許が必要なわけです。先生。……失礼ですが、免許をお見せ願いますかな」 「う……。……ほら」 「これはノンフィクション作家免許ですな。フィクション作家免許の方もお願いします」 「…………」 「先生?」 「……ない。持ってないんだ」  警部はわざとらしく大げさに驚いてみせた。「お持ちでない!? これは困りましたなぁ。先生はミステリー作家として不動の地位を築いていらっしゃる。その先生が無免許だったとは……」 「……おれは……、どうなるんだ……?」 「まぁ、著作物の出版停止、回収はまぬがれないでしょうな。しかも先生はこの『殺人者』の中で連続殺人事件を描いてしまわれている。無免許で人を傷つける描写を創作することはとても重い罪なのです。しかもそれが殺人ともなると……。先生、覚悟はよろしいでしょうな」 「ああ……」おれはそう呟くと、そっと両手を前に差し出した。 「ほう。潔いですな。……ウッ!?」  警部はうめき声をあげるとその場に崩れ落ちた。おれの両手に握られていたナイフから、赤い滴がしたたる。「おれは、捕まりたくないんだ!」 「な……、なんてことを……。私が今日この家に来たことは署の者は皆知っている。こ、こんなことをしたって、罪からは逃れられないぞ……」 「逃げるつもりはないさ。おれは自分の作家としての名を後世に残したいだけだ。警部さん。あんたはもうちょっと注意深く本を読んで、あのことに気づくべきだったんだよ」 「……な……に」 「『殺人者』は一人称小説。つまり主人公は『おれ』だってことにさ」




評価

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作者からひとこと

 免許に強くこだわることもないですが、「面倒くさいので無免許」というのは最悪ですね。自由な想像を伝えることまで、国や資格に縛られたくはないですが。  「創作と現実の区別が曖昧になったので境界を引く」というのには部分的に賛成。某番組のブ○ビコーナーの邦衛に怒っている人もいます。  姉妹編『ペーパー作家』にご期待下さい。 (1999/10/19)

初出

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