恋の厳窟王

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恋の厳窟王   玉生洋一

「うふふ。どうして、こういうことになったのかしら」  静寂を取り戻したベッドの上。女は男の胸に顔をうずめながら缶ビールを一口飲んだ。 「……さぁな」男は煙草の煙を溜息と共に吐き出す。 「だって、あなたにはあんなに綺麗な奥さんがいるじゃないの。どうしてあたしと?」  どうやら女は『君の方が綺麗だから』という言葉を男から引き出したいようだ。だが、男の答えは期待はずれなものだった。「確かにうちの妻は美人だ。だけど……」 「何? だけど愛せないって言うの?」 「いや、心から愛してるよ。何しろ、結婚までこぎ着けるのには大変な苦労が必要だったんだ。1時間でこうなった君とは訳が違う」 「……どう違ったって言うのよ。詳しく聞かせてよ!」女は憮然とした表情で言った。 「最初に想いを告白した時、彼女はおれの気持ちを受け入れてはくれなかった」 「なんて言われたの?」 「『好きな人がいるからダメ』だとさ。だが、おれは諦めなかった」 「その人に勝てるように自分を磨いたのね」 「いや、違う。おれは、その男を町はずれの洞窟に呼び出した」 「洞窟……?」 「おれは男を殴りつけて失神させると、洞窟の中にあるたて穴に放り込んだ。そこに深いたて穴が開いていることは前に知っていたんだ」 「……」 「そいつが行方不明になったことを知った妻は、おれとの結婚を受け入れてくれた。おれは幸せだった。……だが、時々不安になるんだ。おれが殺したあの男が、いつかたて穴を這い上がって来て復讐に来るんじゃないかと……。だからその不安を解消するために……」 「……あたしを抱いたのね」 「そういうことだ」 「……ひどい! 今のこと、全部警察にばらしてやるから!」そう言ってベッドから降りようとした女に、男は右手を伸ばした。 「ま、待ってくれ!」  しかし、その手は無下に振り払われる……と思いきや、女は急に笑い出した。「……うふふふふ! 何よ、慌てちゃって。冗談よ。どうせあなたの話なんてみんな嘘なんでしょ。バッカみたい。そんなのに騙されたりなんかしないから!」 「本当だよ」男はムッとした表情で立ち上がった。 「だったらその洞窟へ連れてってよ。そうしたら信じてあげるわ」

「ほら、ここだよ」  暗い洞窟の中。懐中電灯の光の先には、深いたて穴が開いていた。  「どうだい。これで信じたかい?」男は、勝ち誇ったように女の肩を叩く。  女はしばらくの間硬い表情で穴の中をのぞき込んでいたが、暫くするとその目からは涙があふれ出した。「ここに……、ここに眠っているのね」 「何?」 「ここに……、あの人が……。無念だったでしょうね……」 「お前は……!」 「そうよ。あなたが殺した男は、あたしの……、あたしの恋人だったのよ。ずっと犯人を捜し続けて来たけど、やっと証拠を掴んだわ!」 「ど、どうするつもりだ? 警察を呼ぶ気か?」 「確証を得た今、そんな面倒なことをする必要はないわ」女はハンドバッグの中から拳銃を取り出すと、男に銃口を向けた。 「やめろ! じ、自首する。だから、命は助けてくれ!!」 「駄目よ! あなたが死なない限り、彼は浮かばれないの! 覚悟しなさい!!」  女の人差し指が動いた次の瞬間、洞窟に銃声が轟いた。 「うッ……!」だが、その場に崩れ落ちたのは女の方だった。「……何か、飲ませたわね……」 「ああ。さっきビールに薬を入れておいたのさ。そうでもなけりゃ、おれがここまで真相を話すわけがないだろう。おかげでスッキリしたぜ」  男は女の体を抱え上げると、たて穴の方へ歩き出した。 「さぁ、愛しの彼の元に連れて行ってやろう」 「うう……。待ってなさい……。たとえ孫子の代までかかっても、必ず復讐してやるわ……!」 「せいぜい穴の底で計画でも練るんだな。楽しみにしてるよ、イブ……」  男はそう言うと、女の体から手を離した。  女は真っ逆様に転落していく。「アダム……!!」と、かつての恋人の名前を叫びながら。  穴の底では、青く美しい惑星が輝いていた。

■【参考:打ち上げ失敗後の記者会見における宇宙開発局長の発言】 「今回のことで、宇宙開発の必要性が疑問視されたり、予算の無駄遣いだという声があがっているのも知っています。だが、宇宙へ行くこと、それは私たちの使命なのです。理由? それは分かりません。しかし、とにかく我々は天を目指さなければならんのです! ……何としてでも!!」




評価

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作者からひとこと

「なんでこんなことするんだろう?」という行動を知らぬ間にとっていることってありませんか? もしかしたら、あなたの遺伝子が原因かも知れません。

  •  今週のボツ話→『恋の顔面崩壊』『恋のがんじがらめ』『恋の頑固親父』『恋の眼圧計』『恋のガンジス河』『恋のガンダーラ』『恋の鑑真』

(2000/2/29)

初出

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