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十二人の別れる男

戯曲

十二人の別れる男   玉生洋一

登場人物

陪審員一号 温厚そうな男
 同 二号 セーターの男
 同 三号 鉢巻きの男
 同 四号 眼鏡の男
 同 五号 中年の男
 同 六号子供の男
 同 七号 背広の男
 同 八号 ジャケットにシャツの男
 同 九号 色白の男
 同 十号 筋肉質の男
 同十一号 女の男
 同十二号 半裸の男
係員

註 陪審員六号は子役、同十一号は女優を配すること。





 薄暗い部屋。正面の壁に窓。

 下手に廊下に続くドア。上手にトイレのドア。
 中央に横長の会議用のテーブル。奥に六脚の椅子。両脇に三脚ずつの椅子。

 下手のドアが開き、係員登場。
 以下、陪審員全員談笑しながら登場。

七号 (背広の男。窓の外を見て)ひどい雪ですな。(裏からスライドで景色を映す)
五号 (中年の男)まったくですな。今までにこんなに積もったのは見たことがないですよ。

 係員、人数を確認して下手に退場。

一号 (温厚そうな男)それでは皆さん。早速、始めたいと思います。お掛け下さい。そうですね。わたしが一応陪審員長となっておりますので中央に掛けさせていただきます。皆さんはこちらから番号順に……。

 皆ぞろぞろと席に着く。

十号 (筋肉質の男。椅子の足が折れて転倒する)何だ。テメェ、コノヤロー!(椅子を壁に投げつける)
九号 (色白の美青年)まあまあ。怪我はないですか。椅子が壊れていたようですね。
一号 もう一脚持ってこさせましょう。
五号 それには及びません。この子の椅子をお使いください。(六号を自分の膝の上に乗せる)

 十号、仏頂面のまま椅子を運んで腰掛ける。

一号 (ひとりで外を見ていた八号に)あなたも早く掛けてください。
八号 (ジャケットにシャツの男)失礼。(椅子に掛ける)

 中央の席に一号。以下、上手へ二号、三号。テーブルの角に四号。脇に六号を抱えた五号および七号。下手側の脇に八号、九号。角が十号。以下、中央に向かって十一号、十二号が掛けている。

一号 それでは始めます。まあ、説明の必要はないと思うのですが、何分ほとんどが今日始めて顔を合わせた人なわけでして。そこで一応簡単に説明したいと思います。
三号 (鉢巻きの男)そんな面倒臭いことやめようぜ。なあ、みんな。俺たちはみんな別れるつもりでここに集まったんだぜ。なあ。そうだよな、みんな。(叫ぶ。以下、三号の台詞は基本的に叫び)俺はもうあんな女にはうんざりしてるんだ。さっさと票決を取ろうじゃないか。
一号 そうですね。全員同じ意見ならば、話しあいの必要もないわけですからね。それでは決を取りましょうか。いいですね。では、被告が有罪だと思われる方は挙手を願います。

 十二号(半裸の男)を除いて、みんなが手をあげる。

一号 では、無罪だと思う方。

 十二号、ズボンに両手を突っ込み、もぞもぞと動かしながら、ぼーっとしている。

一号 (十二号に)あなたはどうするんですか。
四号 (眼鏡の男)よせよせ。そいつはただのバカだ。
三号 何を言うんだ。彼はこの話しあいには欠かせないんだぞ。
一号 その通りです。もしもし、もしもし。(十二号の身体をゆする)
十二号 (気が付いて)何だい。
一号 あなたは有罪ですか。それとも無罪?
十二号 え?(理解していない)
五号 つまり被告の杜際尭子と別れるかどうかって事です。
十二号 オラ、別に別れてもいいだよ。
一号 では、有罪っていうことですね。全員が有罪と決定しました。
三号 じゃあ別れるって決まりだな。終わり終わり。(帰ろうとする)

 一号、二号、四号、七号、九号、十号、十一号も立ち上がり帰ろうとする。

八号 (立ち上がって)待ってくれ。私は無罪に変える。

 全員ざわめく。

三号 どういうつもりだ。本気なのか。
四号 こういうやつがいつもひとりはいるんだ。
七号 あんたはあの女のしたことを許せるっていうのか。
八号 許せない。
四号 では、あの女の事は許せないが、あの女の話は信じられるっていうわけか。
八号 信じられない。
三号 じゃあ何で!
四号 ここにいる十一人は、もう考える余地がないといっているんだぞ。

 全員八号を見つめる。間。

八号 何というか……。その、勿体ないんだ。
三号 勿体ない?
八号 本田縁雄と杜際尭子は三年の付き合いだろう。その付き合いを、今回の一件で終わりにしていいものかどうか。
四号 正確には二年九カ月と四日だ。
七号 だからこそこうして、おれたちがわざわざ集まったんじゃないか。十二人ものメンバーが集まったのは初めてのことだぜ。
一号 そう。私は毎回出席していますが、今までの最高は五人でした。
八号 せっかく集まったのだから、すぐ終わりにしたのでは勿体ない。話しあおう。
一号 誰か発言は?
九号 それもいいんじゃないですか。せっかく普段顔を合わせないものが集まったことですし。ちょっとぐらい話しをしましょう。
二号 (気弱そうなセーターの男。身を乗り出して)私、泣けるいい話を知っているんですよ。
八号 (話を遮って)雑談はしたくない。
二号 どうせ私の話なんて……。(ひとりですねる)
四号 それでは何をしたい?
八号 まあ、聞いてくれ。私が前にこの会議に参加したのは、本田と尭子が付き合う時のことだ。(一号に向かって)その時の討議時間は?
一号 (記録を読み返して)ええと。三時間半です。
八号 付き合う時でさえ三時間以上もかけているんだ。別れる時にそれ以上かけてもいいだろう。
七号 (立ち上がって歩き周りながら)だが、今回のことは、われわれが三年の間あの女と付き合った結果導き出された結論だ。疑問の余地はない。ふん。だいたい女なんてものはもともとが信用できないバカな生き物なんだ。
十一号 (深く帽子をかぶっていた女。立ち上がって)なんてひどいことを! よくもそんなことがいえたものね。あんたは何にも分かっちゃいないわ。
七号 失礼。別にあんたのことをいったわけじゃないんだ。話を進めよう。
一号 話を進行しましょう。(八号に)ではそこの方、私たちの意見に反対なさるのなら、その理由を話していただけないですか。それに反論したいと思いますので。
五号 今ちょっと思いついたのですが、われわれが彼を納得させたらどうでしょう。各自が自分の意見を数分ずつ述べていくのです。まずいですかな。
一号 いえ、名案です。最初に全員の立場を明らかにしておいたほうがよいでしょう。順に考えを言っていくことにしましょう。そうですね。番号順でいいでしょう。私は一番後にさせていただくとして、(二号を指して)ではあなたから。
二号 (間をおいて、弱々しく)私はですね。その、言葉にするのは難しいんですが、彼女が悪いのは確かなことだと思うんです。あの夜、彼女が取った行動は人の道に外れています。(徐々に涙声に)私には理解できません。
八号 失礼ですが、あなたのご職業は。
二号 (間)「人情」です。そう。彼女には人情というものが欠けている。有罪です。
三号 おれの仕事は「情熱」だ。おれはいつも真面目にあの女と付き合ってきた。だが、それをあの女は裏切りやがったんだ。うおおおおおっ。これが許せるはずがないっ。
八号 まあまあ、落ち着いて。
三号 うるさいっ。あの晩のおれの苦しみがお前に分かるか。
八号 勿論分かるとも。
三号 じゃあ、なぜあの女を有罪と認めて別れようとしないんだ。
四号 (三号を遮って)そろそろ私にしゃべらせて貰う。私の職業は「知性」だ。今回の件も、感情的にならずに話し合おうではないか。確認のため事実を述べるとこうだ。その晩、本田縁雄は風邪をひいて寝ていた。六時十分、杜際尭子から電話。これから会いたいという内容だ。風邪がひどかった縁雄は断った。尭子はそれでも会いたいといって聞かない。見舞いに来るという。縁雄は本当はひとりで寝ていたかったのだが、結局断りきれない。尭子は七時頃に着くと言って電話を切る。
七号 だが、いつまでたっても女は来なかった。
四号 (立ち上がって)私に喋らせてくれ。(歩き周りながら)そう、尭子は来なかった。電話をしてもいない。縁雄は気になって眠れず、風邪はますます悪化した。次の日の朝九時、尭子からの電話。急な用事ができて行けなかったと謝って来た。縁雄が話を聞くと、知りあいが急に死んで通夜に行っていたという。その場は納得した縁雄だったが、その後女友達の摩樹から、前の晩の十時頃に男とホテルに入る尭子を見たことを聞く。
三号 畜生。梧朗の野郎。
四号 そう。よく話を聞くと、その男は知りあいの梧朗だということが分かった。直接梧朗にそのことを問い詰めたところ、ホテルに行った事実を認めた。(ちょうど席に着き)これが、事実のすべてだ。この事実からして、すべての非は尭子にあると見ていいだろう。有罪だ。
七号 そうだ。何しろ二人も証人がいるんだからな。
八号 (七号に)あんたさっきは、女は信用できないといったぞ。証人のひとりは女性だが。
七号 (間)言うじゃないか。(立ち上がり八号のほうへ歩み寄る)小癪なこと言いやがる。
九号 まあまあ、喧嘩しても始まらないですよ。次の人は?

 七号、渋々と席に着く。

五号 (ゆったりと)私です。えー、私の仕事は「父親」です。私も有罪なんですが、えー……。
八号 理由は何ですか。
五号 つらい目に遭ったからです。あの日の晩、皆さんつらい目に遭われたと思いますが、一番つらかったのはおそらく私でしょう。私、心配症なんです。何しろ来るといっていたのに時間になっても来ないんですよ。もう心配しましたよ。来る途中に事故か何かあったんじゃないかとかね。次の日にやっと電話が来た時の安堵感って言ったらありませんでしたよ。
七号 おいおい。尭子はあんたの娘じゃないぜ。
八号 そんなに心配な女なのに、別れるってのはおかしいのでは?
五号 いいえ、尭子が私の娘だったならば今回の件も許すことができたでしょう。しかし、尭子は別れてしまえば他人です。心配することもなくなるでしょう。だからこそ別れたいのです。
九号 なるほど。
一号 次の方。
五号 ああ。次はこの子なんですが……。(六号の頭を撫でながら)見ての通り、この子は「子供」ですので。(六号に向かってやさしく)おい、尭子さんのことをどう思う。このまま付き合うかい?
六号 (子供。恥ずかしそうに)ボク……、女の人と……、そんな……。
五号 別に付き合いたくないんだね。
六号 (小さな声で)うん。
五号 ということです。
一号 有罪ということですね。では、次の方。
七号 (間。横柄に)もう、ほとんどみんなが言っちまった。そうだな。おれが言えるのは、尭子はおれの思っていたような女じゃなかったってことだ。平気で嘘をつくような女だとは思っていなかった。まあ、それに騙されたおれもバカだった。だいたいあの晩の次の朝だって、電話を掛けてきた時すぐには、来れなかった理由を言えなかった。口ごもりやがった。葬式なら葬式だってハッキリ言えたはずじゃないか。そうだろう。
四号 葬式じゃない。通夜だ。
七号 同じことだ。だいたいあいつはおれのことなんかちっとも考えちゃいないんだ。会いたいと言いながら来ずに浮気をしている。こんなバカなことがあるものか。
三号 その通りだ。あんたはいいことを言う。ところであんたの仕事は。
七号 おれは「主観」担当だ。(八号に)ところであんたは。
八号 私の仕事は「客観」です。
七号 道理で俺とウマがあわないわけだ。今度はあんたの番だ。あんたの意見を聞こうか。
八号 私は皆さんに説得される立場だ。
三号 そうだった。
七号 構わん。おれはこの人の意見を聞きたいんだ。
一号 (にこやかに)ちょっとちょっと。進行は私に任せてくださいよ。
七号 そうか。失敬。進行はあんたの仕事だった。
一号 私が一番適任だと思いますよ。私は「調和」を生業としてますんで。
五号 (笑って)なるほど。
一号 (八号に)ここで何か言いたいことがありますか。
八号 今までの人の意見に私も全く同感だ。私も苦しい思いをしたし、怒りを覚えもした。
三号 (立ち上がって)じゃあ何であの女と別れようと思わないんだ。
八号 疑問があるんだ。
七号 疑問? 何だ。それを聞こう。
八号 まず、われわれは一時の怒りに任せて、判断を下そうとしているのではないかということ。
三号 バカな! そんなことはない。
四号 まあ待て。客観的な見方をすれば、その選択支も考えに入れる必要があるのだろう。しかし、尭子が浮気をしたという事実は客観的に見ても変わらんのだぞ。
八号 本当にそうだろうか。
七号 (少し憤慨して)当たり前だ。証人が二人もいる。
八号 しかしわれわれが実際に見たわけじゃない。もし、その二人が間違っていたら?
七号 (机を叩いて)そんなことはありえん!
八号 人間なら、間違いは誰にでもある。
三号 ないこともあるさ。
八号 (強い口調で)あることもある。

 三号、両手を広げてやれやれのポーズ。

四号 証拠品もある。マッチだ。
三号 そうだ。それもあったんだ。あの女がおれの部屋に落としていったホテルのマッチ。勿論、おれの行ったことないとこだ。
八号 話しあおう。実物を見たい。陪審委員長、証拠品をここへ。

 一号、下手のドアへ行き係員と会話。

七号 何でまた見る必要があるんだ。
八号 見る権利があるんだ。
四号 あのマッチは重要な証拠品になる。まあ、証拠品が来る間に事実を確認しよう。杜際尭子の供述によると、六時すぎに電話を切り、すぐに縁雄の家に向かおうとした。しかしそこに、知りあいの山田安夫がなくなったという電話が入った。
二号 ちょっと待ってください。その山田安夫という人は本当に死んだんですか。
七号 そうだ、そんな奴はだいたい実在するのか。
四号 残念ながらこの人はその日に本当に死んでいる。

 八号顔を上げ、明るい表情。

四号 (八号をにらんで)だが、私は尭子は通夜には行っていないと思う。だいたい最初にその話を聞いた時に、尭子は誰が死んだのかなかなか言わなかった。問い詰めてやっと口にしたんだ。
二号 そう言えばそうだ。
四号 そしてこの山田安夫という男、何者だと思う? 壮年の俳優だ。そんな男と尭子がなぜ知りあいなんだ? 大方、新聞にあった名前を苦し紛れに口にしたんだろう。
五号 そういえば、そんな名前の俳優を聞いたことありますな。

 係員、ハンカチに包まれたマッチを持ってくる。
 四号、一号からマッチを受け取ると、八号の前に突き付ける。

四号 真相はこうだ。出掛けようとした尭子にかかってきた電話は梧朗からだった。そして、梧朗に誘われて尭子はホテルに行ったんだ。ええと、(マッチを見る)この「ルパン」っていうホテルにな。
八号 このマッチが、尭子が落としていったものだってどうして分かるんだ。
四号 その日に縁雄の部屋に来たのは尭子だけだった。
八号 その日って言うのは事件の三日後のことだな。
四号 そうだ。
三号 くそっ。あの女、おれが何も知らないと思って、抜け抜けと遊びに来やがって。
七号 その時は実際、何も知らなかったんだがな。摩樹から電話があったのはその夜だ。
四号 「ルパン」に尭子が入るのを見たとな。その電話の直後、このマッチを見つけた。これは偶然か? 尭子が落とした以外に考えられるか? 大体、このホテルに行った記憶のあるものがこの中にいるか?
八号 ではこれを見ろ。(内ポケットから全く同じマッチを取り出し、机の上に置く)

 一同、驚いて立ち上がり、ざわめく。

四号 どこでこれを?
八号 部屋の古新聞の間に挟まっているものだ。気づいたのは私だけだったと思うが。
九号 つまり、もっと以前に紛れ込んだ物だったってことですか。
八号 おそらく、男友達の誰かが忘れていったものだろう。
四号 こっちのマッチは尭子が落としたんだ。
八号 そう決めつけることもできなくなっただろう。大体、あの日尭子は煙草を吸っていない。なのにマッチを、しかもホテルのマッチを落として行くなんて、それこそ不自然じゃないか。
四号 ム……。よく見ているな。
八号 皆、摩樹の電話を聞いてから冷静さを失っている。もっと物事を客観視しようじゃないか。(周りを見回して)まあみんな、立っていることもないだろう。座ろう。

 皆、口々に喋りながら自分の席につく。

二号 (三号に向かって)マッチがもうひとつあったというのは興味深いですね。
三号 何が興味深いもんか。(八号に向かって)おい、あんた! 十一人が別れたいと思っているのは変わらないんだ。あんたは一体、あの女と別れたいのか別れたくないのかどっちなんだ。
八号 (少し考えて)私も別れたいと思っている。ただし、今の状況が変わらないならばだ。もし、尭子の浮気が何かの間違いならば……やり直したい。
三号 間違いなもんか。マッチの件はともかく証人がいるんだ。証人が!
七号 そうだ。浮気を否定することなんか不可能だ。この会議は、全員一致じゃないと終わらないんだ。あんた、いつまでも話し続けるつもりか。

 八号、立ち上がり、部屋の隅(上手)で暫く考える。

七号 どうする。あんたひとりなんだぜ。
八号 分かった。もう一回票決を取らせてくれ。皆さん十一人が無記名で投票していただく。有罪が十一票ならば……私も有罪の票決をだそう。しかし、ひとりでも無罪がいたら、もっと話しあおう。
七号 ふん。いいだろう。
一号 皆さん、反対の人はいないですね。では紙を配ります。
二号 用意がいいですね。
一号 任せてください。

 一号、紙を配り、皆記入する。
 その間に八号、深刻な顔つきで部屋を横切り、下手のせりへ移動。
 紙を集め終わると、八号にスポット。

一号 では開票します。(ゆっくりと、抑揚に変化をつけて)有罪。有罪。有罪。有罪。有罪。有罪。有罪。有罪。……無罪。

 全員ざわめく。八号明るい顔つきで席に戻る。

一号 有罪。有罪。以上です。
三号 何てこったい。
七号 ひとり無罪が増えやがった。
八号 (嬉しそうに)さあ、話そう。
四号 誰だ、変えたのは。
三号 分かってるぞ。(二号をさして)こいつだ。(怯える二号に突っかかって)こいつはさっきマッチのことで感心してた。それにこいつは「人情」だ。情にほだされやがったんだ。

 二号、「ひいひい」言うばかりで何も言い返せない。

九号 (目を閉じて)違います。変えたのは僕です。

 皆、ぎょっとして九号を見る。九号目を開く。

九号 (冷静に)訳をいいましょうか。
七号 (怒って)聞きたくない!
九号 いいえ。僕はまだ発言していないことですし、話させていただきます。(皆を見回して)僕は「理想」を受け持っている者です。僕が彼女と別れようと思ったわけは、ズバリ彼女が理想とずれていたからです。しかし、先ほどこの方(八号を指して)がおっしゃったように、もし彼女の浮気が何かの間違いであれば、彼女ほど理想に近い女性はいないんです。僕は間違いであるほうに賭けてみることにしたんです。
八号 (九号に笑いかけながら皆に)十対二だ。
七号 畜生!(立ち上がって上手のトイレに行く)
九号 まだ会議中ですよ。
七号 (怒鳴って)進めといてくれ。
一号 まあ、いいでしょう。では、まだ発言していない人の意見を聞くことにしましょう。(十号に)そちらの方。
十号 え……。(急に立ち上がり)何だ。オラーッ。テメェ。コノヤローッ。
二号 (小声で一号に)この人「肉体」ですよ。われわれ精神を受け持つ者とは基本的に違うんですよ。多分、ろくに話も聞いてませんよ。
一号 有罪に投票しているんだから有罪でいいんですね。
十号 オーッ。そうだーッ。コノヤローッ。(椅子に腰掛ける)
一号 はい。次の人。
十一号 (帽子を取って色っぽく、気取って)アタクシは「女」でございます。女ですので、当然女と付き合いたい筈がございません。早く別れて、今度は殿方とお付き合い致しましょう。おほほほほほ。
三号 ゲイか。ケッ。(独り言)
五号 (ぞっとした顔で四号に)われわれ縁雄の中に、あんなに女の部分があったなんて知りませんでしたな。
四号 全くだ。しかし、彼女は縁雄のアニマではないようですな。
五号 何ですかな。そのアニマというのは。
四号 ユングが提唱した、男性の中の女性的要素のことです。このアニマは理想の女性像や賢女を表していることが多いのです。
五号 なるほど。(小声で)確かにあれは賢女には見えませんな。

 突然十二号が十一号に襲いかかる。

十一号 キャーッ。(必死に逃げる)
三号 こいつは「性欲」だから見境がないんだ。(あわてて十二号を追う)
十二号 うへへへへへへへぇ。

 数人で十二号を押さえつける。

五号 (六号を抱きながら)全く、子供の前で恥ずかしくないのか。
三号 それに相手が自分自身でもいいのかよ。
十二号 (押さえつけられながら)おら、自分自身で十分だよ。女なんか別にいなくてもええだ。
四号 (一人で冷静に)なるほど。縁雄は特に性的に尭子を求めているわけではないのか。マスターベーションで十分なわけだ。
十一号 感心しないでよ。私はそんなんじゃ満足しないわ。
四号 よし、椅子に縛り付けておこう。

 十二号を椅子に縛り付け、皆席に着く。
 同時に、七号がトイレから戻ってくる。

七号 どうしたんだ、何か騒がしかったが。
一号 何でもありません。まだ意見を聞いていなかった方に発言していただいていたのです。
三号 たいした意味はなかったがな。
十一号 (怒って立ち上がって)何ですって! あたしのことを意味がないですって。いい加減にして頂戴。あなたにあたしの何が分かるっていうの。
三号 (立ち上がって)何をっ。
四号 (三号を遮って十一号に)お言葉ですが、あなたの発言はこの話しあいの進展に役立つ物ではなかったのですよ。
十一号 (ますます怒って)どうしてそんなことが言えるんですのっ。
四号 (冷静に)よろしい。論点を整理しておきましょう。私たちはなぜここに集まったかといえば、杜際尭子と別れるか否かを討議するためです。しかし、そちらのふたり(八号と九号を指して)が別れることに賛成しない。では、この話しあいを早く終わらせる一番の方法は何か。(周りを見渡す)この二人に尭子の浮気が事実だということを認めさせることです。(八号の顔を見て)そうすれば別れることに異存はないわけですからな。
八号 (表情を崩さずに)その通りです。
四号 (十一号に)尭子の浮気を証明できるような意見を、あなたは言えますか。

 十一号、何も言い返せず、深々と帽子を被ってうつむく。

一号 では、話しあいを再開しましょう。誰か発言したい人は。
三号 (八号に)おれはあんたに聞きたい。摩樹の証言はどう説明するんだ。あんたは嘘かもしれないっていうが、摩樹にそんな嘘をつく理由がどこにあるっていうんだ。
八号 彼女の見間違いかもしれない。
三号 摩樹がわざわざ電話して来るほどだぞ。そんなわけはない。
四号 事実を整理しよう。摩樹の証言によると、あの晩の十時頃、摩樹は電車に乗っていた。ホテル「ルパン」は線路の高架の脇にある。ちょうどそこを通った時に、窓の外を見ていた摩樹は「ルパン」に入っていく尭子と梧朗を目撃したわけだ。
八号 電車がホテルの前を通過する時間は?
四号 それが何か?
八号 大体でいいんだ。
四号 (撫然として)見当つかん。
八号 (五号に)どう思います?
五号 (少し考えて)せいぜい四、五秒というところですかな。
八号 (立ち上がって周囲を見渡し)他には?
二号 まあそんなところでしょうね。
八号 (歩きながら)いいですか。電車内から「ルパン」の入り口が見える時間を五秒と仮定する。時刻は夜です。しかも高架の上からだ。距離的にも十メートルほどはある。(四号を見て)はっきりと顔を確認できますか。

 四号、答えに詰まる。

三号 (立ち上がって)そんな細かいことをいっていたらきりがない!
八号 (怒鳴る)このことがあやふやなら、正確な証言とは言えん。
二号 (一号に小声で)見えなかったかもしれないですね。
七号 もし見えなかったとしたら、摩樹は嘘をわざわざ電話してきたことになるぞ。知ってると思うが、摩樹はおしゃべりな女ではない。内気な女だ。はっきりと確認できないことを、わざわざ電話してくるわけがない。
十一号 (立って帽子を放り投げ、得意そうに)あなたたちは何も分かっていないのね。
七号 (撫然として)どういうことだ。
十一号 摩樹ちゃんは、アタシたちのことが好きなのよ。

 一同、ざわめく。

七号 (動揺して)どうしてそんなことが分かるんだ。
十一号 同性の恋心ぐらいすぐに気づくわよ。アタシも一応女の心を持っているもんですからね。(バカにするように)男って駄目ねえ。いつも摩樹ちゃんがこっちを気にしているのを知らなかったの?
三号 (茫然として呟くように)知らなかった……。
十一号 つまり、摩樹ちゃんはアタシたちと尭子ちゃんの仲を壊そうとして、嘘の電話を掛けてきたわけよ。(一号に)員長さん。アタシ無罪に変えるわ。
七号 (驚いて)何だって。
三号 こいつ、おれたちがさっき苛めたのを根に持ってやがるんだ。だから、意見を変えやがった。嫌がらせだ。くそ。
十一号 (ツンとして)何とでも言いなさい。
七号 まだ摩樹が嘘をついていたとは限らないぞ。第一、摩樹はその日におれと尭子が会っていないことを何で知っていたんだ。たまたまだっていうのか。
四号 そうだ。こう考えるのが妥当じゃないか。あの日摩樹ははっきりとではないが、浮気現場を目撃した。そして、いても立ってもいられなくなって電話して来た。
八号 見間違いでそう思い込んだとしても、電話はしてくるわけだ。
四号 (一瞬絶句して)詭弁だ! こんな話をしていてもらちが開かない。

 暫く間。静寂。

二号 (手を上げて)ちょっといいですか。わたし気になっていることがあるんですけど。
一号 どうぞ。
二号 次の日の朝、尭子が電話してきましたよね。部屋に来れなかったことと連絡できなかったことを、懸命に涙声で謝ってくれました。しかし、前の晩に梧朗とホテルに泊まっているとすると、電話が掛かってきたのは九時ですから、ホテルを出て何時間も経たないうちにかけたことになる。下手をしたらホテルからかけたのかもしれない。そんな状況であんな風に謝れるものなんでしょうか。
七号 (バカにして)人情的な意見だな。
三号 あの女なら、そんなことは平気でやる。
二号 そうでしょうか。(自信なさげに)私にはあの時の彼女の声は本当に申し訳なさそうに聞こえたのですが。とても情事の後とは思えない……。
七号 おい。あんた有罪派じゃなかったのか。
二号 気になっていることを言っただけです。
六号 (今までじっと話を聞いていたが、見を乗り出して)ボクはホテルからかけたんだと思うな。だっていたずらをした時とか、ボクだったら逃げないでその人の前に出ていくもん。そのほうが怪しまれずに済むんだ。
七号 なるほど。坊や、いいこと言うぞ。
三号 そうだ。そうだ。あの女はガキみたいなところがあるからな。案外坊主と同じような考え方をするかもな。大体……。
八号 (三号を遮って)投票したい。
三号 (怒って)おれが喋っているところだぞ。
一号 まあまあ。とりあえず決を取りましょう。では、そうですね。無罪の人に手を挙げて貰うことにしましょう。

 八号、九号、十一号が手をあげる。

七号 九対三。同じだ。
三号 (うんざりして)どうするんだ。まだ下らない話しあいを続ける気か。
二号 (おそるおそる)すみません。私、無罪に変えます。
三号 (立ち上がって)何だって。頭がどうかしたのか。(二号につかみかかる)あの女は絶対に有罪なんだ。無罪に変えた理由を言え。
五号 まあまあ。暴力はいけません。
七号 (立ち上がって)いい加減にしろ。まったく、作り話ばっかりしやがって。勝手に事実をねじ曲げてよ。梧朗の証言はどうなんだ。梧朗はおれにはっきりと、尭子とホテルに泊まったことを認めたんだぜ。それも嘘だっていうのか。どうなんだ。梧朗もおれのことが好きだとでもいうのか。(歩きながらせせら笑う)
三号 (立ち上がって歩きながら)そうだ。梧朗の野郎。それも腹が立っているんだ。くそっ。おれと梧朗は親友だった。それなのにあいつ、悪びれる様子もなくにやけた顔で「一緒に風呂へ浸かったよ」なんてぬかしやがった。くそっ。あいつとの友情もおしまいだ。
八号 風呂へ入った?
三号 (歩き続けて)ああそうだ。くそっ。あの女、おれとは入ったことない癖に。
九号 彼女は恥ずかしがって、僕とは決して風呂に入ろうとしなかった。違う相手だからって、入ったというのはのはおかしいのではないですか。
三号 だからこそ頭に来るんじゃあないか。
八号 検証してみよう。(一号に)ホテルの部屋の見取り図を用意してくれ。

 一号、下手のドアへ行き係員と話す。

七号 何でそんな必要がある?
三号 時間の無駄だ。大体部屋の見取り図なんて手にはいるわけないじゃないか。
八号 タウンページに載っていた。

 係員、部屋の見取り図の描かれたボードを持ってくる。
 八号机の中央に移動し、見取り図を片手に説明を始める。
 三号、七号、十号、十二号以外は、ボードをのぞき込む。

八号 いいですか。これが、ホテル「ルパン」の部屋だ。(指さしながら)ここが入り口。ここがベッド。そしてここが風呂場になっている。
五号 あれ。これはユニットバスですな。
二号 本当だ、これでは一緒にはいるには小さいぞ。
七号 ふん。風呂場でいちゃついたってことだろう。
八号 いや。梧朗は「一緒に風呂に浸かった」と言った。
三号 「入った」て言ったんだろう。
八号 (三号をにらんで)あんたがさっき「浸かった」って言っただろう。
三号 (絶句したあと急に怒りだして)バカバカしい! 風呂に浸っただろうが何だろうが、ホテルに行った事実は変わらないんだ。
四号 ユニットバスだって二人で入れないことはない。
九号 梧朗さんは結構体格がありますよ。入れましたかねえ。
八号 実験してみよう。(見取り図を見て考えながら)この縮尺からすると風呂桶の大きさは縦が……八〇センチ、横が五〇センチというところですな。この大きさに椅子を並べてみよう。(机の前、舞台中央に椅子を並べ始める)

 二号、九号は手伝う。三号、七号は立ったまま。
 十号、十二号以外は立ち上がってその周りに集まり、作業を眺める。
 椅子六脚が風呂桶の形に並べられる。

八号 ここに実際に入れるかどうか試してみよう。
四号 どうやって?
八号 (十号を指して)ちょうどあの人が、梧朗と同じくらいの体格だ。(傍にいる十一号に)あなたは尭子の役をお願いします。
十一号 (面白がって)分かったわ。
九号 (十号の傍に行って)お願いします。
十号 何。何だっておれがそんなことしなくちゃいけないんだ。エーッ。
八号 (毅然とした態度で)お願いします。解決のためです。

 十号、渋々と中央に来る。
 椅子に座っているのは、縛られている十二号だけになる。

三号 こんなことして何になるんだ。
八号 (無視して)では皆さん。椅子を動かないように押さえてください。

 二号、五号、六号、八号、九号が椅子を押さえる。
 その中に十号が入る。

十号 きついぞオラーッ。
八号 (十号に)我慢してください。(十一号に)ではあなた、入ってください。
十一号 (やけにはしゃいで、演技しながら)恥ずかしいけど、入っちゃうーっ。(腰をクネクネと振りながら入る。だが完全に入れず、十号の膝の上に乗る形になる)
五号 これでは、お湯に浸かることはできないですな。
三号 (離れたところで見ていたが、急に怒って)だからどうだって言うんだ。風呂に入った入らないが何だ。おれたちはあの女と別れるかどうかで集まったんだ。
八号 では君は、尭子が浮気をしていなくても別れるというのか。
三号 別れるとも。浮気云々以前から、あの女はおれにひどいことばかりしてきた。
八号 だが仮に、していない浮気を責めたとしたら、私たちの方がひどいのでは?

 三号、何も言い返せない。
 中央に集まっている全員が、少し離れたところにいる三号を冷たい目で見る。
 舞台照明半暗。三号だけにスポット。

三号 (決まり悪そうに)何だ。何を見てる!(歩いて自分の席に着いて煙草を吸い始める)

 皆、椅子をもと通りにして、席に着く。
 暫く間。

七号 (少し身震いして)さっさと終わりにしよう。とにかく、あやふやな点があるにせよ、梧朗はホテルに行ったと証言しているんだ。尭子は浮気をしたんだ。
五号 もう一度、投票しませんか。
一号 そうしましょう。反対の人はいませんね。
三号 今度は公開投票といこう。みんなの立場をはっきりさせたい。
一号 いいですよ。では番号順に言っていきましょう。まず一番……。(一号にスポット。以下、一号の声にあわせてその番号の人にスポット)私ですね。私は有罪です。では二番。
二号 無罪です。
一号 三番。
三号 (ふてくされた顔で)有罪。
一号 四番。
四号 (少し間)有罪。
一号 五番。
五号 (おだやかに)無罪です。
一号 六番。
六号 (五号の顔を見て)むざい。
一号 七番。
七号 (五号と六号をにらみながら)有罪。
一号 八番。
八号 (自信を持った口調で)無罪。
一号 九番。
九号 無罪です。
一号 十番は?
十号 ゆ、有罪だ。コノヤローッ。
一号 十一番。
十一号 無罪よ。
一号 十二番。あの、ちょっと十二番さん。
十二号 (気づいて)え、有罪だべ。
一号 (溜息をついて)六対六ですね。
七号 分からず屋ばっかりだ。浮気するような女だぜ。
九号 だから、その浮気をしていないと言っているんです。
七号 (席を立ってあくび)もううんざりだ。

 暫く間。皆、それぞれの行動。あくび、溜息、喫煙、のび、くしゃみ。

五号 (窓の外を見て)かなり吹雪いてきましたな。
六号 寒いよ。
一号 暖房はきいてるんですけどね。(下手ドアの脇のエアコンのパネルを確かめたついでに、電灯のスイッチを入れる。舞台照明明転)
五号 (四号に)あなたは寒くない?
四号 (何かを一生懸命考えている顔で)別に。
一号 さあ、誰か意見はありませんか。
八号 私に言わせてくれ。(身を乗り出して)尭子が電話で、なかなか山田安夫の葬儀のことを口にしなかった件だが……。尭子は悲しみのあまり口に出せなかったのではないだろうか。
七号 何が悲しかったんだ。
八号 勿論、山田安夫の死がさ。
二号 そうか。彼女があの時涙声だったのは、そのせいだったんだ。
九号 つらいことを無理に口にしようとすると、涙が出てくることがありますよね。
七号 バカなことをいうな。そもそも、その山田安夫と尭子はどういう関係なんだ。尭子が、その俳優を好きだったなんて聞いたこともないぞ。
四号 仮に尭子がその俳優のファンだったとしてもだ。通夜に行ったって言うのはおかしい。(新聞を取り出して)山田安夫が死んだのが記事になったのは、翌日の朝刊だ。夜の内に尭子が知ることができるわけがない。尭子は朝刊を見て、とっさにこの名前を出しただけだろう。
五号 (新聞を覗き込んで)確かにそうですなあ。(四号から新聞を受け取って読み始める)
七号 (得意顔で八号を見て)梧朗の証言があやふやだと言うなら、このあやふやな尭子の証言をうまく説明して貰いたいね。

 八号、七号の顔を見つめたまま何もいえない。
 暫く間。静寂。

十号 (何か考え込んでいた様子だったが、突然大声で)オイッ。聞いてくれっ。

 全員、驚いて十号に注目。

十号 その梧朗のことだけどよ、その、……。(口下手でうまく喋れない。所々に間を入れて、たどたどしく)酒を呑んで喋ってた奴のことを、どうしてそんなに信用するんだ。コノヤローッ。
八号 (驚いて)酒を呑んでいた? 本当か。
七号 そんなバカな!

 十号以外、皆意外な表情。

三号 おれたちは、そんなこと全然気づかなかったぞ。それなのに、なんでこの木偶の坊が知ってるんだ。(言ってからしまったという表情)
十号 (三号の襟元をつかんで)お前ら「心」は全員興奮状態にあったからな。(自分の鼻と三号の鼻を突き合わせて)でも、このオレ様、「肉体」の鼻はちゃんと酒の匂いを嗅いでたんだ。分かったか。コノヤローッ。
一号 暴力はいけません。(十号を宥めて席に戻す)
四号 (中の一点を見つめて早口に)その話をした時梧朗は駅にいた。時間は夜の九時くらい。確かに呑んでいたとしてもおかしくはない。だが……。(渋い表情)
五号 (納得したように)梧朗君は酔っ払ってて、適当な受け答えをしたわけだ。
十一号 (はしゃいで)縁雄は梧朗チャンに「尭子とホテルにいったのは本当か?」って問い詰めたわ。そして梧朗チャンは適当に「ああ、行った行った」って答えた。
七号 いい加減なことを言うな! また勝手に物語を作りやがって。
八号 (七号を見て、笑みを見せながら)梧朗は酒に弱い。知ってるだろう?
九号 そう考えると、梧朗がやけにニヤニヤしていたことも説明がつきますよ。
十一号 悪びれた様子が全くなかったこともね。
二号 (喜んだ顔で)そうか。梧朗は冗談のつもりだったんだ。友情は壊れていなかった!(感激して泣く)
七号 (うんざりした表情で)こいつら想像力が豊かすぎるぜ。とにかく……。(言葉に詰まる)
八号 (自信たっぷりに)かっとなったわれわれは、梧朗の話が終わる前に帰ってきてしまった。梧朗の様子なんて見ている余裕はなかった……。
十二号 (突然手を挙げて)おら、無罪に変えるだ。
三号 (驚いて立ち上がって)何で! お前、尭子には性欲を感じないんじゃなかったのか。
十二号 みんなの話を聞いているうちに、何か感じるようになってきただ。
九号 (笑顔で)理想の女には感じるってわけだ。ははは。

 三号、勢いよく座って溜息。

八号 投票しよう。
一号 分かりました。みなさん。挙手でいいですね。では、無罪だと思う人は手をあげて下さい。

 今まで無罪だった二号、五号、六号、八号、九号、十一号に加え、十号と十二号が挙手。

一号 (皆を見渡して)私もです。(手を挙げる)九票ですね。では有罪の人。

 三号、四号、七号が挙手。今までと違って勢いがない。

一号 三票。九対三で無罪が優勢です。
七号 (突然立ち上がって、怒りの表情)みんな、何も分かっちゃいない。こんな細かいことを話しても無駄だ。問題なのは尭子がひどい女だってことなんだ。あいつはいつも自分のことしか考えていない。そうさ。おれのことなんか全然考えてくれちゃいないんだ。そうだろう?(皆の顔を見回す)会いたい時に会えないと怒る。気にいらないことがあると泣く。そうだ。そういう我侭な女は浮気ぐらいみんなしてるんだ。酷い女たちさ。(十一号、憤慨した表情で席を立って七号から顔を背ける。以下、話の途中で三号と四号以外の全員が順々に席を離れ、七号から顔を背ける)そんな女と好き好んで付き合うことはないじゃないか。さっさと別れて別の女と付き合おう。おれたちのことだけを考えてくれる女と。そうすればおれたちは幸せになれるんだ。なあ。そうだろう。おい。どうして席を立つ。おれの話の途中だ。(うろたえて)お前らは女というものが分かってないんだ。(途切れ途切れに)いいか。よく聞け。(誰も聞かない)女っていうのは。つまり……。(隣に座っている四号に)頼む。聞いてくれ。
四号 (正面をにらんだまま)聞いたよ。座って二度と口をきくな。

 七号、ショックを受けた表情で辺りを見回す。三号も正面を向いたまま。味方が誰もいないのが分かると、椅子を後ろに向けてうなだれて座る。
 同時に皆、席に戻る。

八号 (ゆっくり喋り出す)人間は自分を大事にすることも必要だ。しかし、時としてそれは正しい判断を狂わす。主観というものがなくては、人間は意味がない。だが、それだけでは他人とは付き合うことができない。他人の主観と、自分の主観を客観的に眺めることができてこそ、人はうまく付き合っていけるのではないだろうか。主観的に眺めただけで判断を下してはいけない。客観的に眺めることができてから、それでも嫌だと思えば別れればいいのだ。われわれが今しようとしていることは、尭子が浮気をするような女かどうかを見極めることだ。もし、浮気が事実なら別れればいい。だが、もし事実でなければ……。
四号 (八号を鋭く見て)尭子がわれわれと合わないという決定的な理由はなくなる。
八号 (四号を見てから)その通りだ。私にも、これからも尭子と付き合うのが正しいのかどうか、確証はない。しかし、今の時点ではこの九人は尭子と別れる理由はないと考えている。残りの三人の意見を聞きたい。
四号 確かに、浮気の事実がないとすれば別れる理由はなくなる。しかし、疑問はまだある。山田安夫と尭子の関係がはっきりしないことだ。
三号 そうだ。二十そこそこの女が、何でこんなおっさんを知ってるんだ?
四号 私は、この疑問が解けないことには浮気を否定するわけにはいかん。
二号 (自信なさげに)やっぱり、熱狂的なファンだったんじゃないですか。
四号 若いアイドルならともかく、そんな話はきいたことがない。それに、尭子は「知りあい」だと言った。普通、ファンの俳優のことを「知りあい」と言うか?
二号 (自信なく)言うこともあるでしょう。
四号 仮に、そうだとしてもだ。尭子は何で山田安夫の死亡を知ったんだ?。六時すぎに縁雄との電話を切ってから、それを知る手段はあったか?

 間。無罪側、渋い表情。

六号 (五号の読んでいた新聞を見ていたが突然無邪気な声で)ねえねえ、ボク、字が読めるんだよ。
五号 (やさしく)どれどれ、読んでごらん。
六号 (新聞を読み始める。たどたどしく)やまだやすおさんのつやはえーがおかしのじたくで……。
五号 (驚いて)Aヶ丘市?
八号 尭子の住んでいるところじゃないか。

 五号、新聞を六号から奪って見る。みんな覗く。

五号 この写真を見てください。この隣の家。見覚えないですか。
二号 あっ、これは尭子の家だ。
九号 (笑って)何てこった。隣の家に住んでいたのか。これなら通夜に行くわけだ。

 無罪派、全員四号の顔を見る。

四号 (唸って暫く考え込む)無罪だ。(力尽きたように。しかし、表情には出さず)
八号 (七号の傍に行って)君は?

 七号、後ろ向きに掛けたまま首を横に振る。俯いて放心状態。

八号 無罪でいいんだね。

 七号、頷く。
 八号、無言で三号を見る。視線は少しも動かない。
 皆、三号を見る。
 三号の視線は定まっていない。

八号 君は?
三号 (わなわなと震えながら)ゆ、有罪だ。
八号 君ひとりだが。
三号 ひとりでも権利がある。
八号 その通りだ。では、有罪だと言う主張を。
三号 全部言った。
八号 どれが有罪に結びつくのかわからない。もう一度言ってくれ。
三号 (言葉につまった挙句、今までで一番取り乱して)みんな狂ってる。あの女が浮気したっていうことは、普通に考えれば誰にでも分かることじゃないか。梧朗も認めてるんだ。酔っ払ってただって。バカな。摩樹が嘘をついていただと。作り話もいい加減にしろ。そうだ。ホテル「ルパン」のことはどうだ。この辺りにはホテルは何軒もある。摩樹の嘘と落とされたマッチとで、「ルパン」が一致するのはどういうわけだ? 摩樹は控えめな女だ。そんな摩樹が、ラブホテルの名前を口にしたんだぞ。実際に「ルパン」に入る二人を目撃したからに違いないじゃないか。
七号 (俯いたままで、泣きそうな声で)いつも電車の窓から見えていたホテルだったから覚えたんだ。
四号 (眼鏡を外しうなだれて、冷たい声で)駅前には、他にホテルはない。

 三号、一瞬怒りの表情をあらわにするが、次の瞬間膝から崩れ落ちる。
 八号、三号の傍に歩み寄る。

八号 尭子は情熱を受け止めることのできない女だ。あなたはいつもないがしろにされてきた。尭子の無実を受け入れられないのも分かる。しかし、われわれは今、尭子の立場も十分に考慮に入れて話しあった。その結果は素直に受け止めようじゃないか。
三号 (堰を切って)そうだ。おれはないがしろにされてきた。いつだって! ウッウッ……。(泣き始める)いつもおれは……!

 八号無言のまま、うずくまって泣いている三号の肩に手を置く。三号、暫くの間嗚咽を漏らしているが、やがて静かになる。

三号 (床に手をつき、震えながら、途切れ途切れに)分かった。尭子は、む…ざ…。

 突然、下手から、けたましいラッパの音が鳴り響く。
 皆、下手に注目。ざわつく。

八号 何だ。この音は。
一号 皆さんお静かに願います。今のは縁雄に、思考の妨げになることが発生した時の合図です。会議は中断しなければいけません。

 S・E〜電話のベル。

八号 (やけに怒って)何だ電話じゃないか。取らなきゃいいんだ。今、大事なところなんだぞ。

 舞台上、人物だけをシルエットに。
 S・E〜留守番電話のテープ。
 皆、聞き入る。

男の声 本田です。ただいま留守にしております。ご用の方はメッセージをお願いします。ピーッ(発信音)。
女の声 (街のざわめき。明るい声、早口で一気に)もしもし、何だ居ないの。尭子だけど。あのこと、梧朗君から聞いちゃったんでしょ。てへ。ばれちゃしょうがないや。ゴメンねーっ。えへへ。あっ、別に許してーっなんてことは言わないから。別れるっていうならそれでいいよ。じゃあねーっ。(ガチャ)

 八号と三号の姿勢が入れ替わっている。
 舞台上、一度明るくなる。
 皆、茫然としている。無言、不動のまま、暗転。

 窓の雪景色だけを明るく。猛吹雪。
 風の音だけが空しくこだまする。

 〜 幕 〜






評価

面白かった→

作者からひとこと

 ヘンリー・フォンダ主演の映画「12人の怒れる男」(1957年)をモチーフにした戯曲です。 「ムジカ」の前身「膝ヲ舐メル」に掲載したものに加筆修正しました。 特集テーマが「ファンファーレ」だったので、ラッパの音が鳴る場面があります。
 脚本がなくて困っている劇団の方は、上演して下さい。
 ちなみに、「縁雄」は「ヘリオ」、「杜際尭子」は「トキワタカコ」と読みます。
 これを書いた時期に亡くなられた山田康雄さんのご冥福をお祈りします。
 『虚空の響き』『ある告白』と同じ95年に書いたもので、高校生、大学生、社会人と人物の違いはあれど、恋愛を扱っているところで共通しています。
 ぜひ、他の2作も読んでみて下さい。
(1997/2/2)

初出

  • 「膝ヲ舐メル」第1号(1995年4月)
  • ウェブ公開(1997/2/2)

戯曲

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